一万回のキス ~高校生編~ 3





 有希子が三週間の映画撮影から帰ってくる頃には、行く前とはすっかり状況が一変していた。

 土産を持って英理の自宅を訪ねると、やつれた親友の顔に有希子はまず驚いた。

 「英理ちゃん……何かあった?」

 英理の部屋の扉を閉めると英理は大きく深呼吸をした。

 「……長くなるけど聞いてくれる?」

 そうして、聡明な親友が珍しく混乱した様子でまくしたてて話す一連の出来事に、黙って耳を傾けた。

 話は二転三転するわ途中で感極まって言葉は詰まるわで、話を一から紐解きながら理解することに有希子はとても苦労した。

 可哀想に。

 今にも泣きそうな顔をしながら眉を吊り上げて話す英理の頭を有希子はそっと撫でた。

 「辛かったら泣きなさいな。こういう時にはそれが一番いいのよ」

 話疲れて憔悴しきった顔を歪ませて、英理は初めて涙を流した。


 高校に入学して三度目の夏を迎えて、有希子と英理とは三年目の付き合いになる。入学してすぐに何かと目立っていた二人が親しい仲になるのにほとんど時間はかからなかった。
 目立つということは時に敵を作ることもあるのだ。

 入学当初から英理に突っかかる小五郎を見て最初はうっとうしさを感じていたが、英理に軽口を叩いたり喧嘩したりして小五郎は人知れずに英理を守っているのかもしれないと有希子は思うようになった。

 その証拠に有希子と英理の仲が親密になるのに反比例するようにして、小五郎はお役ご免といった感じで英理から少しずつ距離を置いて行った気がしているからだ。

 有希子には彼らは相性が良いように思えたし、恋愛関係に発展する可能性は充分にあると見ていたのに。

 有希子は持参した八つ橋をつまんで口に入れる。いつの間に時が経ったのか、すっかりぬるくなり食感がゆるゆるだ。

 「美味しいよ。英理ちゃん食べなよ」

 「うん。食べる……ありがと」

 「甘いもの取ると元気でるよ」

 小さな口で頬張る親友の愛らしさ。
 まったく。こんな可愛い幼馴染を差し置いて、まさかほかで彼女を作るとは……
 小五郎が何気にモテることを知らないわけではなかったが、小五郎は意外と硬派で一途な男。だから実は英理一筋なんじゃないかと思えていたのだ。だから有希子には意外だった。

 やはり彼も年頃の男の子ということ?
 二人の仲を陰ながら見守っていた有希子であったが、小五郎に他に相手がいるというのであれば、もう人の恋路に手は出すわけにはいかなくなった。
誰かを不幸にする手伝いはできない。

 恋愛はつくづくタイミングが大事だなと、有希子は今回の出来事を教訓として胸にそっと書き留めた。

 英理は可哀相だけど、これもいい経験だったと思える日がいつか来るかもしれない。

 次にその教訓が生きればいいと少し酷なことを考え、きっと他に相応しい男がいるからと有希子は英理を励ますことしかできなかった。




 堅物の英理が、二年間と断りつづけた学園祭のミスコンテストなどという浮ついた行事に参加すると言い出したのも、高校生活最後の思い出作りだと言いながら、小五郎への当てつけの気持ちがあったからだと有希子は思っている。

 慣れないステージに戸惑う英理のことを、物陰から不機嫌そうに覗く小五郎が見えたとき、有希子は流石にいい気味だと思って、ほんのすこしだけ気が晴れたものだ。

 それにしても、町ぐるみでこのイベントに沸き立つなど全く予想していなかった。
 もう何年も開催しているらしいが、ずっと校内だけのイベントだった。まさか2万人規模の注目を浴びることになるとは二人にとって計算外だった。

 結局、得票数は引き分けで勝敗はつかず、行方不明の一票をめぐって学園祭は大混乱のまま幕を閉じる。

 そのドタバタ劇を英理はどこかふっきれたような顔で見ていたのが印象的だった。

 ――男なんて世界中にいくらでもいるんだから!すこしだけ落ち込んだら前に進めばいいよ。

 そんな有希子の励ましが秋の空にゆっくりと染みていった。

 

 

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