『内助の功』
ご立派な結婚式場。見上げると、天井には大きなシャンデリア。
下敷きになったらきっと即死ね、と思い、まばゆい光に私は目がくらんだ。
「ふたりともどうしたよ。夫婦揃って天井なんか見てさ」
「いや。アレが降ってきたら死ぬよなぁ、って想像しててよ」
友人の問いかけに答えたのは夫。夫婦でお呼ばれした結婚披露宴で、久々に彼と顔を合わせた。
まだ夫婦なのに別々の場所に届いた招待状の宛名は「妃英理様」だった。
私たち夫婦の事情を知っているくせに、招待した高校時代の友人のタチの悪いジョークに、私はマンションの郵便受けで顔を引きつらせながら、高笑いを響かせた。
当然隣の席に配置され、「お前も招ばれたのか?」なんて間抜けなやりとりは、端から見たらおもしろい? 私は全然可笑しくない。
そういうわけで。友人の門出を笑顔で祝福しつつも、私は虫の居所がわるい。
隣の夫はスタイルが良いので、漆黒のタキシードがよく似合っている。それを自分で分かっている。そんな生意気な顔にイライラした。お調子者の男を木に登らせるだけなので、誉めてなんてやらない。シャンデリアを見上げて、夫婦揃って同じことを考えていたなんて、不名誉以外の何物でもない。
「やめなさいよ。あなたが言うと現実に降ってきそうよ」
「おい。人を死神みてーに言うなよな。お前まで」
お前まで? その言い方に引っかかって彼を見ると、窪んだ目の下に深い影がおちた。そんな気がしたが、見て見ぬふりをしよう、と思った。
なんせ機嫌が悪いのだ。けれど、「はぁぁ……」、というため息を聞こえよがしに吐いてきたので、どうやらそうもいかないらしい。
仕草で心の内を読ませてしまうのだから、一応は腐っても夫婦ということだろう。
「あら。自信家の名探偵さんが、どうかして?」
本当に彼にしては珍しく、気落ちでもしているように見える。
「ケッ。どっかの女王様には負けるぜ」
「それはどうも」
私は適当に返事をして正面を向き、よそゆきの微笑みを浮かべた。
いま、広い幅のある螺旋階段に並ばされ、集合写真を撮影しているまっ最中なのだ。カメラマンが「後ろのお二人、もっと近づけますか」と私たち夫婦を名指ししてきた。周りの友人たちは「無理無理!」と冷やかしてくる。すると夫の手がふらりと私の腰に触れたので、とてもぎょっとした。
「……ココ。階段細くて、安定しねーからよ」
「……飲みすぎよ」
ヒュー! という学生時代のような悪ふざけに照れた。酔っぱらいの手つきは思いのほか力強くて、支えを欲しているかのように感じた。
意識しているのか無意識なのかはわからないけれど、本当に珍しいことだと思った。彼がよりによって私に、癒しを求めてくるなんて。
「二次会も行くんでしょ? 酔って花嫁に絡んで迷惑かけないで頂戴ね」
「あのな……。人を見境のないスケベ親父みたいに言うんじゃねーよ」
「わ、私は余計な恥をかきたくないだけよ」
微笑みを浮かべたまま目線を彼にチラリと移す。むず痒くてたまらない。
「フン。早く帰って、おばさんは早寝してろってんだ」
「……あっそう」
グニ! と尖ったヒールで彼の足を踏んだ。そのままグリグリっとひねりを加えた。「いってえ!」と涙声があがったが、私はそっぽを向いて知らん顔をした。いいタイミングで光るフラッシュ。ハハハ! と周囲から湧く笑い声。ほらね、言ったそばから恥をかいた。傷ついてるなら素直に甘えればいいのに、この人にはそれができない。
……まったく、しょうがない。
「タキシードって着る人を選ぶと思わない?」
「あ?」
「実はね。よぉぉぉく見ると、いい男なのよ。よく似合ってるわ、あなた」
「は、ぁ?」
「なーんてね。う・そ」
またフラッシュが光った。バッチリ写った照れ顔と、私は同じ顔をしていると思う。写真の仕上がりを見て、似たもの夫婦と笑われることだろう。
2018/11/05