R18です。ご注意ください。
英理は自宅の鍵を鞄から取り出しつつエレベーターから足を降ろすと、部屋の前に見慣れた男の姿があった。
「……ビックリした」
普段は切れ長の目をまん丸にして見つめる妻に小五郎は「おう」と手を挙げる。
「留守電、聞いてねーの?」
「え? あ、そっか」
英理は慌ててバッグから携帯電話を取り出すと、触っても光らない真っ黒い液晶画面。
「電源落ちてたみたい」
電源を入れ留守電を聞くと21時に行くが良いか、と短いメッセージが入っていて、手首を返して時計を見ると時刻は既に23時。
英理はバツの悪い顔をする。
「悪かったわよ。ね、ビール出すから上がって」
英理はショボくれた犬のような夫の背中をポンポン叩いて部屋へ招き入れた。
「これ、頂き物の地ビールなのよ。特別よ」
機嫌直してね?とグラスにお酌をする。
「一つ聞きたいんだが、いいか」
「だから、悪かったってば」
「……何で、スッピン?」
「……こ、これは……」
目線を逸らして言い淀む妻の顔を小五郎は穴が開くほど見つめる。
「周りの迷惑だろうが……」
「迷惑って……随分ね!」
「……フン」
顔を近づけてじっくり眺める。
確かに妻は整った顔をしているし、肌もツヤツヤしている。歳の割にはかなり保っているとは思うが、違和感しかない。
金曜の夜、仕事帰りになぜ化粧を落としているのか……
鼻を近づけるとふいに漂ってきた石鹸の香りに小五郎は眉をピクリと動かした。
「……どこ行ってた」
「……どこだって、いいでしょ」
英理は鼻を上げてプイとそっぽを向く。
「ほー……」
「エステよエステ! たまにはそれくらい贅沢したっていいでしょ?」
「……フーン」
小五郎は英理のまとめ上げられた髪の中心部分に手を挿し込んで、勢いよくバサリとほどいた。
いつもと違うシャンプーの香りが小五郎の鼻腔を不愉快にくすぐる。柔らかにうねる髪に手櫛を通すと中心部の毛が少しだけ湿っていた。
「エステってのは髪も洗うのか」
「いや……その……」
「……もう、オバサンだと思ってたのに、若いねぇ」
「は? そんなことわざわざ言われなくても判ってるわよ! 確かにもうオバサンだし、若くもないわよ、でもね!」
「……そうだな」
「なんなのよ!? もう!」
「お疲れのところ悪いが、ショボくれたオジサンの相手もしてくれよ」
小五郎はいつにない静かな声で言った。
英理の奥底に沈んだまま、英理のしっとりとした肌に唇を這わせる。
ゆっくりゆっくりと抽送をしながら、与えられる快感をこらえる妻の紅潮した顔を見て胸の奥が痺れた。
この肌に触れた?
おれ以外の男が?
小五郎は身体中の血液が一点に集まるような快感とともに、精神の奥底からこみ上げてくる切ない感情をこらえることができなかった。
――嘘だろう?
英理との記憶が回り燈籠のように次から次へと思い出される。
幼い友達だったころ、女を意識しだしたころ、恋人になったころ。
初めての夜、初めての朝、結婚し、そして……初めての別離。
何度も何度も飽きずに重ねたこの肌が。
あまりに心地よくて、苦しい。
小五郎はいつものような余裕がなく、自身のコントロールが効かずに白濁した液体を吹きこぼした。
「……あなた?」
小五郎は動かない。
「……ねぇ、あなた」
力無くのし掛かる夫の身体に、開かれた脚が痛くて英理は身じろぎする。
「……英理」
信じられないほど消え入りそうな声が聞こえ、英理は耳を疑った。
「……嘘だと言ってくれ」
「嘘って?」
見たことがないくらいに憔悴しきった小五郎の顔。
その色気のある面持ちに英理は胸を熱くした。
「……行ってたんだろ?他のやつと」
「どこに?」
「……ヤラシイとこ」
「ヤラシイ?……ば、バカ!違うわよ!!」
「違わねぇよ、探偵だぞおれは」
そう言って伏せた目つきがセクシーで、英理の顔が熱くなる。
「違うのよ……本当に違うの」
モジモジして両手の指を絡ませながら、言いにくそうに英理は口を開いた。
「……ジムに行ってたの」
「……は?」
「だって……この前あなたが意地悪なこと言うから……」
それは先日ベッドを共にした時につい漏れ出た一言。
――なんつーかさ。このあたりとか(プニ)、丸みが出てきたよな(プニ)。肉感的?っていうかさ(プニプニ)。
……褒めてんだよ、それ。
小五郎は、ハーーっと長い溜息を漏らし、声を荒げた。
「勿体つけやがって!」
「……ごめんなさい」
だって……なんかくやしくって。
頬を染める妻を尻目に小五郎はいたたまれなくなり、立ち上がった。
「……帰る」
そんな照れた素肌の背中が赤くて、英理は広くて逞しいそこに飛びついた。
「ダメ、今日は帰らないで」
「なに上機嫌になってんだ……ふざけんな」
そう言ってうなじを掻く小五郎を英理は目を細めて見つめた。
「わたしはあなただけのものだから。ほら……好きにしていいのよ?」
英理は両腕を開いてすべてを晒した。
「年相応の身体だけどね?」
そう言って恥じらい笑う英理の裸体に小五郎はやれやれと飛びついたのだった。
END