いい眺めですね、奥さん

 

 

 眩しいマンションの電灯に照らされた影が、別々の場所から現れて、重なった。
 
「お酒臭いから、あんまり近寄らないで!」
「お前だって、飲んだろうが! 人の金だと思って、高い酒ばっか頼みやがってよ!」

 毛利家の食事会はだいたい月に一度、娘の号令で開催される。家族三人は久しぶりに同じテーブルにつき、いつものやりとりをして、先ほど店の前で散り散りになって別れたばかりだ。
 食後のコーヒーでも飲みに行こう? という娘の言葉に、英理は近所のドラッグストアが閉まる前に、買い物したいのよ、と言って断り、小五郎は口直しに、キツい酒を飲み直してくらぁ、と言って断った。口直しというのは、酒が不味く感じるような、舌がピリピリと麻痺する口喧嘩のせいである。蘭は、相変わらずの両親の仲違いに、文句ともつかない希望を伝えたあと、ひとり駅に向かって歩いて行った。
 英理は娘に申し訳なく思いつつ、宣言どおり、22時閉店の、家から少し離れたドラッグストアに立ち寄り帰宅した。そこで、夫と合流したのである。そう、いつものように。

「だって。あの店で美味しそうなのは、お酒くらいしかなかったわ。あなたの行きつけなんですって? あの値段でよく通ってられるわねえ……。お目当てはなに?」
「フン! お好きに想像しろっての!」

 コツーンコツーン、とヒールがエントランスの床石を鳴らしている。ポストの鍵を開け、封筒とハガキを取り出して裏表を確認しながら、呼ばれたエレベーターに二人は乗り込んだ。文字盤の前に立つ英理のうなじの奥に見える封書の宛名を、小五郎は顔を近づけて覗き見る。小五郎の鼻息で後れ毛が揺れ、英理は迷惑そうに手で首を覆った。

「毛利英理様、ね」
「しょうがないでしょ。本名なんだから」
「いらねえんなら、返してくれてもいいんだぜ? 名字」
「ふふ、いつでもいいのよ。すぐ返しましょうか? 自分の旧姓気に入ってるの」
「たしかに、高慢ちきなお前にはピッタリだよ! 妃センセ!」

 玄関の扉を開けると、大きな目をした英理の愛猫が、にゃあ、とおかえりを言った。

「ただいま、ゴロちゃん」
 英理が手を伸ばすと身軽に肩に飛び乗って、毛を擦りつけながら、もう一度甘えたように鳴いた。
「今日は、臭い不潔なオジサンがいるけど、我慢してね」
「悪かったな!」
 小五郎の大きな声にゴロはビクついて、肩から飛び降り、部屋の奥へ走って行った。

「もう! 大きな声を出さないで。だからオジサンって嫌いなのよ」
「てめえも、オバサンじゃねえか! ピーチクパーチク、人の悪口を散々言ってくれたくせによ!」
「散々? 全然、言い足りないわ。クシャミは大きいわ、イビキはうるさいわ、おまけに不潔で飲んだくれ! まったく、昔はこんなじゃなかったのにね。……って、ちょっと、あなた」
「あんだよ」
「まだ、靴も脱いでないわ」
「……減らず口を叩くからだ」

 迫ってくる身体に、英理はじりじりと靴棚に追いやられた。結われた髪を潰し、英理はポリ袋と書類で塞がった両手を胸の前に寄せ、ゆっくりと落ちてくる唇に身構えた。ちゅ、と軽く触れて離れ、顔を逆側へ傾けて、またちゅ、と触れた。ちゅ、ちゅ、とそれを何度も繰り返されているうちに、英理は久しぶりのキスの感覚を、徐々に思い出す。冷たい応酬ですっかり凍っていた身体と心を溶かされ、英理は唇を結んでいた力を抜いた。やがて応えるように、ゆるく噛んで唇を食べあった。

『その厚塗りの顔、しばらく見たくねえ!』
『なんですって!? とっとと消えてよ! ヘボ探偵!!』

 丸ひと月ぶりに顔を見たというのに、彼らはレストランの前で、ウンザリするような捨て台詞を吐いて別れた。だいたい小五郎は英理に会う前から、いつも嫌そうに口を尖らせた顔をしているし、英理はその顔を見て、期待どおりの棘を刺すのがお決まりのやりとりとなっている。そんな空気で、食事会が和やかに収まるはずもない。日頃の不平不満をひと通りぶちまけて、娘に頭を抱えられ、彼らは背を向けて足早に去ったのだ。
 だが、二人は腐っても夫婦である。ましてや、内心では喉から手が出るほどお互いを求めている。だから食事会でどんな別れ方をしても、二人は別々の道を歩んで、同じ部屋に帰ってくるのだ。はっきり口にして決めたわけではないが、いつの間にか自然と、そういう習慣になっていた。
 二人の付き合いは人生とほぼ同じ長さという、気の遠くなるような歴史がある。体の付き合いも長いので、夜には様々なパターンがあった。ごく稀に、思い出すと吐きたくなるような、甘い言葉をささやき合う夜もあるし、だらしのない夫を罵倒して這いつくばらせる官能的な夜も、嫉妬に狂った夫にねちっこくお仕置きされる刺激的な夜もある。でも大抵は、待ちきれないとばかりに性急に繋がりを求める、情熱的な夜だった。
 近年においては、直前に行われる食事会のムードに左右され、あの時間から、二人のプレイは始まっていると言っていい。喧嘩が盛り上がれば盛り上がるほど、燃えてしまうのは、男と女のサガである。
 
 柔らかいキスを繰り返すあいだ、小五郎は靴棚に置いた手を、ゆっくりと英理の腰と首後ろに移していった。グッと力を込め、深い繋がりを求めていく。

「ん……」

 英理は眉を寄せながら一言漏らしたが、それは抗議にしては、猫の声のように甘く響いた。肺から吐き出される煙草臭い呼気に、英理の嫌悪する思考とは裏腹に、舌を差しだして深く絡めていった。濃いヤニの味がして、小五郎はこの部屋に入るまで、タバコ一本分の暇を持て余していたことが、英理にはわかった。

「……やっぱり、臭いわね」
「オイコラ」
「歯を磨いて、シャワーも浴びないと、寝室にはとても入れられないわよ」
「……ヘイヘイ」

 ねとっとした唾液の糸を引きながら離れ、その名残も消えないうちに、英理は苦言を呈した。小五郎は靴を履いたままだと腰が楽だなぁ、などとふざけて言おうかと思ったが、やめた。どうせ耳に痛いことを言われるだろうし、無駄な時間も惜しかった。
 二人にとって大事なのは、切り替えるスイッチである。そのための中年の色気の使い方を、小五郎はしっかり心得ていた。ネクタイを荒く緩め、髪をかきあげて英理を見据える。すると眉を釣り上げていた英理の厳しい顔が、途端に惚けたように染まった。
 英理は可憐な少女時代とはすっかり姿を変えてしまったが、頬を赤らめて見上げるこの顔だけは、昔と変わらない。英理の潤んだ瞳を見ると、若さゆえ夢中で求めた頃の衝動を、小五郎の身体は嫌でも思い出す。
 スカートに収められたシャツを引っ張り出し、裾から手を入れ素肌の背に触れる。なにか言いかけた英理の口をまた塞いで、下着のホックを外した。ズリ上げて乳房を強く揉み、柔らかい先端を引っ掻くと、指のリズムに合わせた、くぐもった声が上がった。

「ん、ん、ん、ん……!」

 英理はたまらず、両手に持っていた封筒たちをバサバサと床に落とした。口喧嘩から突然始まる情事はいつものことだが、こんな場所で、なし崩しにされるのも、簡単な女だと思われるようで、英理は癪だった。空いた手をなんとか股間に伸ばし、大きく膨れた部分をぎゅっと強く握ると、小五郎の体が跳ねた。

「ってーーーな!!!」
「辛抱しなさいっ」
「寝床じゃなきゃいいんだろ!? この無駄に広いスペースはなんのためにあると思ってんだ!」
「靴を、履、く、た、め!」
「はぁ、ロマンがねぇなあ〜……」

 小五郎はわざとらしく、やれやれ、と呆れて首を振って言ったが、その瞳の奥は口調と似つかわしくない欲望に燃えている。
 英理のタイトスカートをたくし上げ、片方の腿を持ち上げた。地味で色気がねえ、と小五郎が先ほど店で罵ったはずの英理の太腿は、しゃぶりつきたくなるほど官能的な匂いで男を誘っている。小五郎は荒い息を吐いてしゃがみこみ、強く押さえつけたまま、股間に顔を近づけた。

「ちょっと……! バカなの!?」
「あーあ、すげえことに……」
「や、破いたら承知しないわ!」

 ストッキングの縫い目を指でつつ、となぞる弱い刺激に、英理は目を細めて小五郎を睨んだ。けれど、どんなに厳しい言葉を吐いても、分泌されてくる疼きは隠せない。強い力で押さえつけられると、先ほど言い負かしたはずの男に犯されるのだと意識して、英理の中心はますます熱くなった。

「フーン、弁償したら、おいくら?」

 ふーっと吹いた熱い息が足の付け根にかかって、英理は身体をピクリと震わせる。返事も待たずに、躊躇のないビリリッという音が何度もした。

「た、高いのよ! 下ろしたてよ!」 
「……すんげえ眺め。今度は網のやつにしてくれよ。替わりに買ってやっから」
「ああそんなに、やめて……!」

 必要以上にビリビリに引き裂かれ、文句を言う女の足の付け根に、ぬるっとした舌が、隙間から入り込む。ヌメヌメと這うように中心へ向かう生ぬるい感覚に、英理は悲鳴をあげた。

「ひっ」

 下着がまくられ、舌がゆっくり、じっとり、入り込んだ。肉のヒダを何周もなぞると、とろとろの愛液が溢れてくる。それをすくい上げるように、柔らかい舌先がかき分けて、肉芽にツンと触れた。小五郎は何度もその動きを繰り返し、しつこくされる舌の愛撫に、英理は一々小さく震えて呻いた。掲げられた脚が力なく垂れようとするのを、小五郎が力尽くで押さえつけると、顔の脇で細いヒールが、ぶらりと揺れた。

「しっかり持っとけよ」
 じゅるる、と啜る音が卑猥に響く。
「あ、あ、んっ、ん」
「そこじゃねえって! 脚、しっかり持て」

 舌先で左右になぶられる感覚がたまらず、英理は自分の股間にある男の髪を強く握って、迫る刺激に耐えていた。

「ン、遠慮なく抜くわよ……! ほら、嫌だったらやめなさいっ!」
「命令口調かよ、この高飛車女!」

 小五郎は口ではそう言ったが、実は愛情深い男なので、自分の頭髪と妻のイキ顔を天秤に掛け、迷わず後者を選ぶくらいには、妻を愛している。ぷっくり膨れた肉芽をしごくように吸うと英理はたちまち、とろんとした顔になり、甘ったるく鳴く声が止まらなくなった。その顔を見て、小五郎は自分の選択は間違っていないことに満足し、指を挿入していく。英理はますます悦びの声をあげた。

「んな声出して……、ご近所さんに、聞かれんじゃねぇの。隣に住んでるの、男だろ」
「だって、あ、あ、なら、挿れないでよっ」
「聞かれたらどうする。よく会うんだろ」
「この時間なら、きっと通るわよ! だから、ヤダ! 掻き回さないでっ……!」 
「その扉に耳つけて聞いてるかもな?」
「なにを言って……!!」
「オイ。バカみたいに濡れてくんな。想像したか、なあ?」
「あ、バカ、バカ、そこ、だめぇっ」
「ハァ、面倒が増えねえといいがなぁ。せいぜい、気をつけるんだな」

 指で膣壁を揺さぶると、英理は顎を仰け反らせて、どろどろの液体を零し、腿から手までをびっしょりと湿らせた。英理の口からは、聞かれたら誤魔化しようのない、ハッキリとした喘ぎが漏れている。期待に応えるように動きを激しくすると、玄関の真っ白なタイルにまで飛び跳ねた。併せて舌を使うと、英理はすぐに根をあげた。

「あ、だめ、だめ、もうだめ!」
「だめ? どーする?」

 好きなところを指先で優しくこすると、腰を浮かせて動かし、背を壁に擦り付け、身をよじって刺激を求めている。首を振り、真っ赤な顔で困ったようになにかを探す女の顔を見上げて、剥かれてビンビンに膨れたそこを強く吸い上げた。

「い、やぁ、あ、あ、イく……!」

 先ほどまで嫌みったらしく微笑んでいた唇は、イく、などと淫らに宣言して締まりなく開いている。指を咥え込んだまま、ビクビクっと腰を大きく震わせて、英理は全身の筋肉を硬直させ盛大に達した。相当善かったのか、欲求不満がたたったのか、赤い唇を開かせたまま、英理は悩ましい声で余韻に浸った。
 この快楽に歪んだ顔は、夫だけに許された特権であるのだ。小五郎は身を起こし、靴棚にもたれて荒く呼吸をする英理の身体を預かって、抱きしめた。ひと月ぶりに手に入れた妻の身体を気遣うように、トントンと背を叩くと、英理の荒い呼吸が、小五郎の耳を湿らせた。
 頭に置かれた手がズリズリと下がってきて、ハラリ、と落ちるものが小五郎の視界の端に映った。

「ほ、ホントに抜けてるし……」
「……だから言ったでしょ、おバカ」

 英理は目尻を濡らして、小五郎の首に腕を回した。表情だけでキスをせがむ妻に、甘やかしすぎたかね、と小五郎はちらりと思う。かといって逆らえるわけもなく、脳がとろけるような柔らかい舌の絡み合いが始まると、すぐにどうでもよくなった。

「ん……」

 小五郎はカチャリとベルトに手をかける。ポジションが悪いのか、トランクスにつっかえて苦しくなった下半身を解放したかった。英理は、その指を握って制止した。
 指も、舌のように複雑に絡み合って、駆け引きをした。ベルトの端を掴んで引っ張ろうとするのを、柔らかい指先がコッチよ、と誘う。ならばと英理の手を誘導して熱い膨らみに沿わせると、形をなぞって、手のひらで包み込むように挑戦的に撫でてきた。小五郎の盛り上がった下着の先は、すぐに濡れて冷たくなった。
 これは仕方がない。なんせ、ひと月に一度の営みである。本当ならば週に一度でも、なんならもっと触れていたいくらいの肌なのだ。けれど二人は別々に住んでいるうえ、相当に多忙だった。久々の刺激に、溜まった欲望を吐き出したくて吐き出したくて、小五郎は俯いて舌打ちをした。

「……、一回出すからな」

 小五郎は掠れた低い声で言って、英理に背を向けさせ、ショーツをずり下ろした。英理は抗議する間もないまま肩と頬を棚に押しつけられ、自然と腰が反る。素早く亀頭が割れ目を何度か撫でると、ぬぷ、と頭が飲み込まれていった。

「ちょ、やだ、あっ」
「先っぽ、きっつ……。もう出していい? 妃センセ」

 笑うような声で小五郎は言ったが、その表情には、ひとかけらの余裕もなかった。英理を焦らすこともせず、欲望にまみれた脳に従って、腰の振りを徐々に大きくしていった。

「は、あっ、あ、あ、んっん、んっ……」

 リズミカルに奥を狙う動きに、英理の甲高い声が合わさる。英理は嫌がって小五郎を叩こうと後ろに手を伸ばすが、虚しく空を仰いだだけに終わった。本能に任せて天井を何度も突く小五郎の動きに、悔しさで握られた両拳が棚を何度も叩き、英理は激しく頭を振る。

「もうっ! もう、あ、ん、ひどいっ」

 壁に押しつけられて犯される英理は、完全に雄に支配されていた。配慮なく、ひたすら射精に向かうペニスが憎らしいのに、夫にすべてを委ねる痛みと快楽に、英理の脳は子宮と同じように、どろどろに溶けていく。
 パン! と肉同士が合わさる音が強くなり、英理はいつの間にか、合わせて腰を振っていた。雌の本能は、射精が近い小五郎の動きに追いつきたくて、必死にさせられていた。

「いい、たまんねぇな……!」
「も、あん、あ、あんっ、や、いいっ」
「英理、英理、英理……っ」

 もうちょっと! と英理はそれだけを考えて激しく動いたが、その動きは早々に小五郎を追い詰めてしまう。膣の奥で先が膨らむのを感じて、英理は哀願するように鳴いた。

「あ、あ、まだダメ! も、も、ちょっとっ! これ……!」
「待てねぇっ! ムリ! 出る!」

 容赦ないペニスの脈動に、英理はねだる声をあげて責めた。小五郎の下半身が震え、何度か奥に打ち突けられる。じわぁっと広がる熱の心地よさとペニスのヒクつく動きに、英理の膣も遅れて収縮して、出された精液を搾り取った。小五郎は呻き、英理は痙攣して声も出なかった。

「はあぁ……、えり……」

 力なく壁にしな垂れかかる英理の身体に、小五郎の両腕がキツく巻き付いてくる。背中にピタリと張り付く男の重みと、小さく名を呼ぶ声が耳元に聞こえた。その甘えるような声に免じて、頭に浮かんで整列されている様々な文句を、英理は呼吸とともに飲み込んだ。
 汗の滲む英理のうなじに、小五郎は唇を埋める。乱れた息のまま、英理は途切れ途切れに言った。

「……ねえ、当てて、あげましょうか」
「ハァ……、なにをだよ……」

 小五郎も息を乱しながら、英理の乳房をやわやわと揉みながら答えた。

「ポニーテールの子でしょ……、あなたのお目当て。昔から、わかりやすいのよ。ああいうタイプ、好きよね……」
「……ああ、そうだな。否定は、しねえ」
「あなたの守備範囲って……、一体、どうなってるの? 蘭とそう変わらないわよ、あの子……」
「オレはな、イイ女なら、歳なんて些細なこと気にしねえのよ……」
「ハァ……、似非フランス人みたいなことを……。若い女にはチヤホヤされたいくせに、オバサンのおっぱいに甘えたがるなんて、男って、身勝手よねぇ……」

 英理は玄関先での情事を責めはしなかったが、代わりに心のモヤつきを解消させるように、ネチネチと言った。
 小五郎は、グリグリと人差し指で乳首をこね、強くつまんだり指腹で撫でるようにくすぐることで、返答をした。

「……そのうえ、しつこい」
「探偵は、しつこさが命だろ。なぁ?」
「寒すぎよ」
「いっつもムードムードうるせえくせに、ぶち壊してんのはてめえだろ……」

 うなじを唇でなぞると、降り落とすように英理は首を振る。英理はココが弱いので、小五郎は昔からよく攻めた。耳が赤く染まるのがよく見えるのが好きなだけなのだが、英理はそれを、深読みしすぎているようだった。

「……あの髪型、してあげましょうか。昔みたいに。好きなんでしょ?」
「ハァ?」
「あの子の髪が揺れるたびチラチラ見ちゃって、恥ずかしいったら……」
「なんだよ、対抗意識、燃やしてんの?」
 赤い耳の後ろ吸うと、短く声をあげて英理は頭を振った。
「可愛いね、お前」
「もうっ!」

 可愛い、などと慣れないことを言われ、英理はますます耳を赤くした。小五郎は英理を後ろから抱いたあと、いつもなぜか饒舌になる。気持ちよく放出したあとは、面と向かって言いにくいことも、聞きにくいことも、スラスラと口にできるのかもしれない。小五郎は英理の耳元に口を寄せたまま、ゾクゾクするような声で囁いた。

「どうよ、最近」
「……い、いつもどおりよ」
「ちゃんと飯、食ってんの」
「……見てのとおりです」
「変なのに付きまとわれたりとか、ねえな」
「……ええ」
「夜も、眠れてんな」
「……ええ」
「その厚塗りは、年のせいなんだよな」
「……ええ、そうよ! とんでもなく失礼な人ね!」
「なら、よし」

 顔色も良くなったみてえだし、と小五郎は納得した様子で言った。そこで初めて、小五郎が店の前で吐いた捨て台詞は、気遣いの言葉だったのだと、英理は知る。相変わらずの不器用さに、怒っていたはずの英理は、腹の底からくつくつと笑えてきて、膣のペニスが抜けそうになった。性器を結合させたままでする会話では絶対にないと、この場違いな定期連絡をするとき、英理はいつも思うのだ。
 英理はどこからか、真っ白いハンカチをひらりと取り出した。合わさる場所にあてがうと、それを合図に小五郎はぬるっと腰を引く。どろりと垂れた液体が、純白の布を汚した。まるでかつての自分の姿のようだと英理は思ったが、そう言ったら、小五郎はきっと笑うだろう。

「なに笑ってんだよ、変な女」
「……ホラ! 歯ブラシとか髭剃り、買ってきてあげたんだから、身を清めなさい。じゃないとココで追い返すわよ!」
「まだ言うか!」

 下半身丸出しの男に向かって言い、落ちたポリ袋を拾って、ようやく靴を脱いで部屋に上がった。その後姿は髪が乱れ、ストッキングが激しく伝線していて、実に被虐的でそそる光景だと、小五郎は唾を飲む。後に続いて靴を脱いだが、もちろんバスルームには行かず、英理を寝室に引っ張り込んで、覆い被さった。夜は、まだ明けない。





おわり


ありがとうございました♡