生意気な赤い唇

 

 



 なんで俺様が、土曜の真っ昼間からこんな部屋に入り浸っているのかといえば、それは仕方がないのだ。
 ウチの受験生は朝からせっせと塾通い。居候のボウズが親元に帰ってからというもの、すっかりツキが落ちてしまい……依頼の少なさに比例し、小遣いを激減されてしまった。
 つまり飲む金がない。というわけで俺は、別居中の女房のマンションで、情けなく冷蔵庫のビールを漁っているというわけだ。
 ――もうっ。毎週毎週、飲みに来られちゃたまんないわよ! これあげるから勝手にやっててちょうだい!
 そう先週キレながら恵んでもらった合鍵を俺は持っていた。この部屋の主は留守。アイツ、土曜の昼間からどこかへ出かけてやがるんだか知らねえが別に飲めりゃなんでもいい。
 だが二缶目をあけたところで、その時はやってきた。
「あら、あなた。来てたの?」
 扉が開き、英理が帰ってきた。おう、と返事をした俺は目を見開いた。後ろに若い男が付いてきていたのだ。
「はっ……?」
「こんにちはーお邪魔しまーす!」
 Tシャツにジーパンを身につけた若い青年は、間男らしからぬ快活さで挨拶をかましてきた。俺はにらみながら、腕を組んで立ちはだかった。
「うちの女房に何かご用で?」
「あ、はい。お世話になってまーす」
 間男君はさわやか笑顔を返してきた。
 なんなんだ、なんなんだ。こいつは……。夫のいる既婚者の家にそう平然と上がり込んでくるか、フツー?
 そう思いながら英理を見て、俺はまたぎょっとする。
 奥さん今日はずいぶんとラフな格好ですね……。動きやすそうな、だぼっとしたシャツに、細身のパンツ。ミョーな色気がムンムンである。
 コイツ、相変わらずある一部の界隈では激モテしているらしいのだが、本人は日常茶飯事のことでけろっとしている。
「ちょうどよかったわ。あなたそっちの脚をもってくれる?」
「脚? お前の美脚を?」
「……テーブルのよ」
 英理はちょっと嫌そうに頬を赤らめて、テーブルを指さした。
 よくわからんのだが、英理の指示で間男君と二人、ダイニングテーブルを駐車場まで運ばされている。駐車場に止まっていた軽トラックを見て、俺はやっと事情を理解した。
 相変わらず人使いが荒く、酒を飲んでいたのに椅子を四脚も運ばされた。間男君はそれらを荷台にくくりつけて、深々と礼を言い帰って行った。
「アホ。俺がいなかったらどーするつもりだよ」
「え? そんなに重かった?」
「女一人暮らしの家に、あんなヤツ呼んで不用心すぎんだろって!」
「あの子まだ大学生よ?」
「それがなんだ」
「息子でもおかしくない年齢よ?」
「そら燃えんだろ!」
「バカじゃないの?」
「つーか三十八ってまだ全然若けーし」
「普段オバサンオバサン言ってるくせに何」
「熟女趣味なねちっこい男に騙されて泣くんじゃねーぞ!」
 支離滅裂な怒りを英理にぶつけながら部屋に戻ると、家具がひとつなくなったリビングはがらんとしていた。英理は掃除機を取り出して床の埃をとり、スイッチを切って振り向きざま、
「浮気かと疑っちゃったの?」
 嬉しそうに笑って、そんな煽ることを言う。俺はあまりにもムカついて、その細い腰を抱き寄せた。