情熱的でも、感情的でもない。
「おい、なに拗ねてんだ?」
「馬鹿じゃないの?私のどこが拗ねてるっていうのよ!」
「じゃあ訂正するよ。お前、なんで怒ってんだ?」
「怒ってなんかないわよ……!」
語尾がますます荒くなって、矛盾してるとは頭の片隅で分かってはいたけど…
自分一人だけ熱くなっているのが余計気に食わないのよ!
火種は一体なんだっただろう。
いや、そもそもそんなもの見つけるには、あまりにも時が経ちすぎてしまったように思う。
自分が面倒な性格だなんて、いわれなくたってちゃんと分かっているのに。まるで、「お前は分かってねぇ」みたいな口調で言われるとむかっ腹も立つってもんでしょ?
だいたい一緒にいて疲れるんだっていうなら、どっかに行きなさいよ!
「別れましょう」
そういったのは私。
しかしあまりにも小五郎が冷静過ぎて、まるで宣告されたのが私だというような錯覚に陥った。そもそもそんな宣告されることを私は100通りも考えていたわけだから、それはむしろ夢から覚めたような気分だけれど。
「何拗ねてんだよ?」
小五郎はもう一度綺麗にいい直してくれた。そのことが余計私を逆なでするのだと知っているからタチが悪いのよこの男は。
「拗ねてません。」
こんな自分でも見抜けるような嘘吐くなんて、まったく私はどうかしてる。
私は嫉妬深くて意地っ張りで可愛げのない、どうしようもない女なのだけど、それをそうじゃないと偽るのは、予想以上に精神的疲労をもたらした。
小五郎が私にあまり執着しない(ように見える?)のと同じように、私もあまり小五郎に執着しないことにした。
だって自分一人でそんなコトしたって惨めじゃない。だったら私もそういう種類の女になるだけよ。
そう、思っていた。
結果。実際そんな簡単な事じゃないことを痛いほどに痛感した。
張れる意地と、張れない意地がこの世には2つ存在するのだ。
上手く説明できないけど。
好きなのに好きじゃないと言う事と、愛して欲しいのに愛さなくていいと言う事は全然違う。
そうしようもないくらい惚れてしまっていても、そうでないような素振りを見せてやりたかった。
いままで築いてきた力関係が崩壊することが嫌だった。そして怖かった。
「あ~あ…。」
欠伸するわけ?
「小五郎」
軽くたしなめるように英理は言った。視線は未だに交わらないまま、それでも小五郎の瞳に少しだけ力が入る。
こんな男に執着してないで、早く楽になってしまいたい。
今までのことすべてを綺麗に洗い流して、すべて1からやり直したい。
「誰か他に好きな奴ができたのか?」
寝転んでいた体制から急に置きあがって私を見据える。
「な………」
「誰だよ?」
「………」
どう伝えたらいいのか。
「英理」
「………」
小五郎の瞳の奥が熱く感じて、その目に吸いつけられるかのように身動きが取れない。
ああ、どうしてこの男から目が離せないんだろう?
それは男としての魅力なのか、それとも人としてのなのか判断する事は出来ない。
「……便所行ってくらぁ…」
英理が小五郎から目を逸らさせ、小五郎は呆れたような口調でそう言った。
これじゃまるで私が悪いことをしているみたい。
私達上手くかみ合わない事が多すぎる。変な気持ちばっかり空回りして疲れるばかり。こんな気持ちいらない。無い方が楽でいられるもの……。
「小五郎!私もう時間無いから行くわ……続きはまた今度」
「お、おい待てよっ!」
アイツが用を足している隙にこの空間から脱出した。
逃げたわけじゃない。考える時間が欲しかっただけ。
そう自分に言い聞かせながら、人通りの無い冬の景色の中を走った。
・
・
アルバイトも終わり、ようやく英理は帰路についていた。
はぁ…小五郎になんて言えば分かってもらえるだろう…
まるで大気のようにつかみ所がない男。
何も考えていないようで、いきなり人を驚かせる思い切った事をする。曖昧だった私たちの関係を終わらせたのは彼のひとこと。
『うるせぇ!』
『……おめーが好きなんだよ!それだけだ。』
どうでもいいような素振りでいる彼に頭に来ていたときだった。
180度態度を翻した小五郎にただただ驚くばかりで何も言えなかったのをはっきりと覚えている。
未来などまるで見えていなかった。
自分でも持て余していた気持ちが、少しだけ形になった瞬間。
そして信じられないほど女々しくなっていく自分。
傍にいてほしい
抱きしめてほしい
一緒にいてあげたい
支えてあげたい
こんなこと考えた事もなかった。考えるなんて思ってもみなかった。
それをどうやって伝えたらいの?想っていても口に出せるほど素直になれない…。
どうしたらそんな事出来るの?
・
・
・
「小五郎……」
……どうしよう。
そんな事を考えていたから、アパートの部屋の入り口で佇んでいる彼を見つけて、馬鹿みたいに呆けてしまった。
階段の下で佇んでいる私を見つけ、小五郎は足早に階段を駆け下りてきた。
「よ、久しぶり」
「何言ってるのよ……」
ほんの数時間前にあったばかりじゃない。
「ちょっといいか?」
「……いいわよ。手短にね」
可愛げの無い事を言ってしまう私の癖。もう私達二人の間では決まり文句で挨拶みたいなものになっているのだけれど。
小五郎が今来たばかりの夜道を促すので、それにつられてゆっくりと隣を歩いた。
あんな狭い空間に二人で閉じ込められるより、ずっと開放的でいい。ちょっと寒いけど。
沈黙も重くならない。
星がキラキラと輝く綺麗で澄んだ気持ちのいい夜。
きっと、その熱い体で抱きしめてもらったら、ものすごく温かいのに。
そう思って隣にいる男をちらりと見ると、途端、何故か目が合ってしまった。
「……何だ?」
「………寒いのよ。早く済ませて」
またこんなことばっかり言って……。
「んな格好してるからだろー…てめぇが悪い」
「こんな散歩の予定なんて無かったからよ!」
「うっせーな!」
「え?」
ぐいっと空のままの私の右手を、大きな小五郎の手が掴み取った。
小五郎の、熱い手。
「な……べ、べつにそんなこと言ったわけじゃ…」
「………」
「………」
包み込む手が、温かくて哀しくなった。
鼻がツンとする。
ダメだ……私もう……負けそう。
ぎゅっ、と力強く手を握り返した。
「……英理?」
不思議そうに小五郎は私の顔を目線で覗きこんだ。
何処までも、何処までも追いかけて行きたくなるような…その瞳のひかりが目の前で輝く。
「あ……」
小五郎に静かに促されて足を止め、いつのまにか無くなっていた二人の間の隙間。服の上から触れているだけなのに、どうしてこんなに熱いの?
瞳に見入られていて、開いたままの唇にそっと触れられたのはアイツの唇。
……いつもこんな雰囲気に流されてしまう。
顔が少し離れ、御互いの瞳が判別できるほどの距離ができたけれど、まるで合わす顔が無かった。
結局また私の負け……
「用ってコレのこと?」
「……帰るぞー」
たまには口で言ってくれたって良いのに…。
こんな瞬間のために私はニガイ思いをしているのかもしれないわね……。
普段は冷たいくせに、隙を突くように優しくなる。
それが見たくて私は無意識に意地を張る。結局あなたから離れることなんて、無理なの?
……くやしい!
英理は小五郎の腕を力ずくで奪い取った。
「おい……」
「帰りましょ!」
「照れてんだろ?」
「んな訳ないでしょう!」
「まァ…帰ったら可愛がってやるから覚悟しとけよー」
「な……?」
「♪~」
殺し文句!
「!……ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」
先を歩く小五郎の背中めがけて走った。
おわり