『満員電車』
『あ。』
「あ……あなた?どうしたのよ……珍しい」
「お前こそ……何やってんだ?」
運悪く満員電車に乗り合わせた二人は、ドア際に押しつぶされそうになっていた。
「私は、今日はお休みだから……ちょっと外に」
「なんだ、奇遇だな。俺もだ」
それ以来気まずい沈黙がおとずれ、電車は次の駅に着いた。
「きゃ……」
流れるような人が行き交い、英理の身体は小五郎の胸に押しつぶされる。
「!ごごご、ごめんなさい……足踏んだかしら?」
「い、いや……別にこんくらい……」
二人は激しく動揺していた。
身動きの取れない状態で、二人の身体はぴったりと密着している……
「で、電車ってどうしても慣れなくて……」
「だ、だよなぁ?」
小五郎は、英理のいい香りをかぎながら、なぜだか夢心地だった。
押しつぶされた胸から、相手の鼓動が聞こえてきそうで……自分のが聞こえていそうで、恥ずかしい。
英理はきつく目を閉じた。 そうこうしているうちに、電車はまた次の駅に到着する。
「きゃ……」
再び流れそうになる英理の身体を、今度は小五郎が受けとめた。
今、離したらそのままホームへと流されてしまう。
英理は遠慮がちに小五郎の肩に両手を乗せて、指先だけできつくつかんだ。
「く、苦し……」
目の前のピアスが鈍く光る。
呼吸するのも一苦労。ただ、二人は目だけは合わさないようにして、その場をやり過ごそうとしている。
今、目が合ったらヤバイ。それが如実にわかってしまう疼きが、確かに存在しているから。
体内の熱が、まるでそれが夢の続きであるかのように思わせている。
再び気まずい沈黙が訪れる……
『まもなく○○〜。お出口は左側になります……』
身動きが取れないまま、いままで寄りかかっていた左側のドアが、開いた。
当然のように、二人はそのまま押し出される。 プラットホームに佇む二人は、どちらともなく顔を見合わせた。
「……たまには飯でも食いにいくか?」
いまだ疼いた心持ちで、彼女は照れたように微笑んだ……
『雨の日の』
外は雨が降っていた。
身体も、心も冷えてしまう冷たい雨が、彼女を濡らしていく。
こんなときに考えることは、ただひとつだけ。
私を……その手で温めて。
一晩だけでいいの、冷えた心をあなたの熱で溶かして。
何が原因かは問題ではないわ。
ただ、こんな気持ちは久しぶりだから、あなたのことが頭から離れない。
あなたの温かい体温と、力強い腕。あなたのささやく声が。
ずっと昔のことなのに……私の脳裏に、身体に刻み込まれているあなたの面影。
その手で私を、抱きしめて……
小五郎がドアを開けると、そこにはずぶ濡れの英理の姿があった。
彼の目が大きく見開かれると、英理は涙で濡れた目で、切なげに小五郎を見上げる。
「あなた……」
英理の細い肩は、小刻みに震えていた。
なんだか小さな動物のようだと思う。自分よりも一回りも二回りも小さい身体はいつもよりいっそう小さく見えた。
英理のまぶたに溜まった涙は、見上げた瞬間に零れ落ち、英理は声にならない声をあげる。
「あなた…ぁ…」
最後の方はもう消え入りそうに小さく、涙で声にはならなかった。
もう目の前にある胸にすがることしか考えつかない。
どんなに嫌な女だと思われようとも、彼に対してそこまでいい女を演じられるほど私は強くなりきれなかった。
私を、温めて……
「大丈夫だ」
英理が小五郎の胸にすがる前に、彼は英理の細い肩を力強く抱いた。
何事かと英理が彼の胸から顔をのぞかせると、小五郎と目が合い、どちらともなく唇の距離が縮まっていく・・・
こんなことは、初めてではなかった。
だから、小五郎は理由を聞かずに彼女を抱く。
英理の心の傷を埋められるのは、今も昔も彼しかいなかった。
英理は安心したように体の力を抜くと、彼に身を任せた。
『転寝?』
いったいどういうことなのか?
自室の入り口で、俺は文字どうり固まっていた。
???
なんで?
小五郎の視線をくぎ付けにしているのは、
彼のベットで安らかに眠っている英理の姿だった。
ここは紛れもなく俺の部屋で、家には誰もいない、いないはずだ。
月曜日の午後、しかしそこには英理がいた。そして眠っていた。
「……やめ、……て……」
そこで小五郎の思考はぱたりと止まった。
!!?寝言?
恐る恐る見ると、英理の瞳はしっかりと閉じられている。
(なななな、なんなんだよ!!俺は何もしてねーーーぞ!)
一体どんな夢を見ているのだろうか。
寝返りを打ちながら、発した言葉を艶かしくとらえてしまった小五郎の鼓動は不覚ながらも早まった。
久々に見る妻の、無防備な姿・・・・
(ああぁーーっっ!!なんだってこんなことにっ!!)
冷や汗を存分に掻きながら、頭をフル回転させる。
しかしまた、彼の思考は遮られた。
……な!!!
スカートが、めくれて太ももが・・・ばっちり。
普段隠されてる分、こんな大胆に見せられても・・・・あぁ、鼻血が。
白くて細くて長い足が、惜しげもなく披露されている。
(……ごくり)
小五郎は近くに人がいたら聞こえそうなほどに、生唾をのんだ。
そして頭を掻きながら、静かにゆっくりと英理に近づいていく・・・・
(……寝込み襲うなっつーほうが無理だろ、これは)
「ん……」
相槌を打つかのように英理の唇から吐息が漏れる。
小五郎は自分のもろい理性を呪いながら、意を決して英理の手を握った。
(……俺のベットで、そんなかっこして寝てるお前が悪いんだからな……英理)
小五郎は一方的に唇を重ねた……
おわり