ちょっと、言いにくい話




  1  



 英理は、月末の金曜は、いつも夜遅くに帰宅をする。

 鉛のように重く草臥れた身体を引きずって家に帰り、真っ先に湯を張って服を脱ぎ捨て身を沈めた。来週の公判、来週の打ち合わせ、来週の接見……来週、来週、来週。帰る間際に見た、手帳にびっしりと書かれた予定が頭に浮かんで、湯船の中でも悶々と思考が回転して止まらなかった。
 こういうときは、酒の力でも借りないと、どっぷり浸かった仕事モードから切り替わらないものだ。英理は早々に風呂から出て、冷えた白ワインを開けグラスに注いだ。そのとき、来客を告げる電子音が鳴ったのだ。
 英理は不意打ちに心臓を跳ねさせ時計を見た。時刻はもう1時を過ぎていて、イヤな予感がし、おそるおそる、モニターを覗いた。 
「げ」
 モニターに映っているのは、間抜け面した元亭主だった。
 ――ああ、まだ『元』じゃなかった。
 心の中で一人ツッコミをして、しばらく無視をしていると、今度は携帯電話が鳴った。運悪く音のボリュームが一番大きくなっていて、夜更けに相応しくない耳障りな音に、英理は渋々とボタンを押した。
「……ちょっと、何時だと思ってるの?」
「おまえ、よなよな、あそびあるいてるんじゃねえだろなぁぁ!」
 電話口から、不愉快むき出しの夫の声が聞こえてきた。その声はろれつが回っておらず、相当に飲んでいるであろうことがすぐにわかった。英理は真夜中に訪れた非常識な訪問客にうんざりしつつ、昼間のことがあったので、からかってやろうと、グラスを片手に適当に対応をしはじめた。
「遊んでちゃいけないの?」
「どこに居んだよ。懲らしめてやる!」
「だから、遊んでるのよ」
「こんな時間までか! この不良ババアめ」
「切るわ」
「さては男だろ! 若い男だろ! わかってんだぞ!」
 まるで見たかのような確信めいた小五郎の声に、英理は音もなく通話停止ボタンを押した。真面目に仕事をして帰ったところで、身に覚えのない疑いについて、説明も対応もめんどうだった。英理はワインを飲み干して、憂さ晴らしにもならなかったと思いながらパジャマに着替え、寝ることにした。
 すると、今度はまた玄関のモニターがチカッと光った。
 あきらめの悪い男は、きっと最終電車を逃し、手持ち金が底を尽きたのだろう。そのくらい必死に、盛んに、ボタンを押している。十度目のチャイムが鳴ったところで、英理はもっとめんどうなことになる予感が頭をよぎって、仕方なく折れた。

「……通報されるわよ。あんまりそこで駄々こねてると」
「んだよ! 居んのかよ!」
「マヌケな探偵さんの顔見て遊んでたの」
「げえ、悪趣味!」
「なにか御用?」 
「ハハーン! やっぱし誰か連れ込んでんだろぉ。だから上げられねーんだなぁ」
 疑いの眼がギョロリと画面いっぱいに映し出される。英理の夫は、世間では名探偵であるらしいのだが、その推理は大抵がとんちんかんである。たまにズバリと確信をつく鋭いときがあるが、今日は前者のようだった。
 英理は半ば投げやりな気持ちになり、解錠ボタンを押した。その安易さが、失敗の元だった。



  2



 鍵を開け、ドアが開く。たった30センチの隙間から、男が猫のように身体を使って部屋に滑り込んできた。
「私の記憶違いかしら?」
「いーや! 今日は抜き打ち!」
 夜も更け、英理は寝支度をしたパジャマ姿で、小五郎を出迎えた。別居中の夫婦である二人は度々こうして英理のマンションで会ってはいるのだが、小五郎が英理の部屋を訪れる日はあらかじめ予定されている。その決められた日は、英理の手帳には小さく印が付けられており、昨日も今日も、プライベートの予定は一つも入っていなかった。
「抜き打ち? 今日の裁判のコトで、なにかご意見でも?」 
「イヤ、相変わらず。妃先生のお手際、ヒジョーにお見事でした!」
 小五郎は酔いに任せた陽気さで笑ってみせたが、じつは、彼は今夜、不機嫌そのものだった。
 つい半日前の出来事だ。小五郎は家族総出で、英理の担当する刑事事件の裁判を傍聴しに行ったのだ。以前小五郎たちが罪を暴いた殺人事件の被疑者の裁判で、事件の背景から、殺人に至るやむにやまれぬ気の毒な事情を察し、英理に弁護を頼むよう、小五郎が口利きをしたのだった。もちろん英理の仕事に不備などあるはずがなく、いつものとおり、弁護側の立証は完璧だった。……問題はその後だ。

『妃先生って、いいケツしてると思わねぇ?』

 裁判が終わって一礼したあと、傍聴席の隣に座っていた男が、そんなことを言っていたのだ。小五郎がちらりと目尻で男を見ると、リクルートスーツのように型が押された、スーツの袖山が目に入った。声の浮つきから、おそらく学生だろうことは想像がついた。
 ああ、いいケツだよ。さわり心地もモチっとして、なかなかだ。
 小五郎は大人げなく、勝ち誇ったようにそう言ってやりたかったが、今日は隣に娘たちがいた。小五郎と英理はなかなか別居を解消しない仲の悪い夫婦としてやってきているので、そんなことをつい口走ったりしてはいけないことになっている。非常にややこしい関係だ。
 隣に夫がいるとも知らず、若い男どもは、英理の容姿や年齢のコトでしばらく盛り上がり、小五郎はさっさと喫煙室に駆け込みたかったが、どうしてだかその場から動くことができずに、その話題に耳を傾ける羽目になった。自分の妻が若い男に有らぬ想像をされることは、彼を悶々とさせるには充分だった。
 ツンとしちゃってそそるよな? 夜も女王様なのかな。
 おい熟女趣味かよ? イケるイケる! オレ全然イケるわ。
 押したら行けねぇかな、無理かな。剥いてみてぇなああ……。



 小五郎は英理の尻を手のひらでバシバシと叩いた。
「この、ケツ!」 
「は?」
 きょとんとした顔をしている小五郎の妻は、色気のない猫の柄の入ったパジャマを着てとぼけている。いったい昼間との違いはどうしたことかと、小五郎は尻を叩いていた手で、丸い尻をむぎゅっと強く握った。どちらかといえば気の抜けたこの姿が素なのだが、まあ頑張って着飾って武装している英理に対して、小五郎の抱く感想は実に複雑である。
「ああ、胸糞わりぃ! あんなトコ行くんじゃなかったぜ!」
「あらあら、すっかりご機嫌ナナメねぇ? あんなトコって、綺麗なお姉さんと一体どこへ行ったのかしら? 聞かせてくれる?」
 小五郎の言うあんなトコ、とはもちろん裁判所のことなのだが、その足りない言葉を英理がくみ取れるはずもない。あの裁判のあと、すっかり機嫌の悪くなった小五郎は、英理との別れ際、そこらの美人を見かけて、声を掛けてナンパをし、英理にビンタをされて別れたのだった。いつものように。
「あのなぁ、オレの、なんだよ!」
「イヤね! お酒クサイ! 相当酔ってる。まったくしょうがないったら……!」
 英理にとっては支離滅裂な小五郎の言葉と態度に、スタスタとキッチンへ向かい、ミネラルウォーターを冷蔵庫から取り出してコップに注ぎだした。小五郎は据わった目で英理をずっと追っていた。
 コップを差し出してきた英理の手から取り上げ、一息で飲み、小五郎は怖い顔で、英理の腕を掴んで寝室へひっぱりこんだ。



  3



「ちょっとっ! 乱暴なのは、やめて」
 英理は伸びてくる手に、一応の抗議をした。小五郎は英理の言うとおりかなり酔っていて、愛する女を扱う手つきにしては、少々粗っぽかったかもしれない。英理はやめて、だの、やめなさい、だの、口だけは強気な抗議の声をあげたが、身体は呆れたようにされるがままになっていた。気の遠くなるほどの長い付き合いだ。英理だって酔った夫に逆らっても無駄なことは、それなりに学習をしているのだろう。
 色気とは無縁のパジャマを剥ぐと、艶めかしい女体がすぐに顔を出した。一皮剥けばすぐこれだと、小五郎は舌打ちをした。ぷるんと零れた乳房を腕で隠しながら、英理は顔を赤くして、そっぽを向いた。

「隠さなきゃいけねぇほど、粗末なモノなのか?」

 今夜の小五郎はとにかく機嫌が悪かった。腕に隠しきれないほどの膨らみは粗末どころか豊満と言ってよいのだが、若者に言いように想像されるいやらしい妻の身体が、無性に腹立たしくてたまらないのだ。普段は可愛い服装を好む英理が、身体のラインを美しく見せるようなタイトなスーツを身に纏い、法廷で自分の武器をふるいまくっているかと思うと、たまにはキツいお灸を据えてやりたくなった。普段は嫉妬心などないように振舞っている大人の男だが、これは酒の勢いというやつだ。
「自信があるんだろ? 弄ってやるから見せてみろ」
 小五郎の挑発に、英理はますます腕を固くして開かない。小五郎は再び舌打ちをして、手首を掴んでキツくねじり上げた。英理は小さな悲鳴をあげた。



 ネクタイは拘束具としてうまく使えば、それなりに優秀だ。頭上にあげられた両手を強めに縛っても、布自体は柔らかいので、手首に痕が残るようなこともない。無防備に晒された乳首は、先ほどからの刺激ですっかり赤く腫れて、ビンビンに勃っている。小五郎は構わずピンと強めにはじいて遊び、刺激を癒やすように、先をゆっくりと舐めた。そのたびに英理の口からは悩ましい吐息と声が漏れ、腰がビクンと浮いて、小五郎は笑った。
「お前、ぜってーマゾっ気あるよなぁ、オレは趣味じゃねぇんだけど?」
 ひたすら胸だけを弄ばれ、すっかりぐしょぐしょになったショーツをじわじわと下ろしながら、英理は内腿をもじもじさせている。昼間威張り腐ってる女ほど剥いてしまえばこんなもんだと、昼間の若者たちの話を思い浮かべながら、小五郎は優越感に浸っていた。
「こ、この酔っ払いっ……! 後で、覚えてなさいよっ」
「後で? おーこわこわ」
 小五郎はちっとも怖がっていない口調で、濡れそぼった入り口を指の背で撫でた。
「ひゃ、やだ、やだ」
 焦らすように浅く指を入れ、入り口を広げるように指の腹でくすぐると、英理の身体は面白いほどよじれた。
「やだぁっ、もう、バカ、バカぁ!」
「ん? 気持ちいーの? 足りねーの? どっち?」
 英理はバカバカ、と繰り返し、腰をくねらせながらいやらしく動いた。いい眺めだった。股を晒して弄られながら、物足りなさそうに腰を浮かせる女王様。顔は小五郎を睨んではいるが、口からはだらしなく涎が垂れている。胸がスッとした。
「見せてやりてぇなぁ、お前に憧れる平民どもに。憧れの女王様は夜はこんなだらしなくよがって、男の前で泣くんだってな」
 言葉に敏感に反応して、赤い顔をますます恥ずかしそうに歪ませて、上げさせられた腕に顔を埋めている。浅いところをこねていた指を回転させ深く挿れ、指の腹で、壁をぐぐっと押した。
「あ、あ、そこっ……そこぉ」
「あーあ、嬉しそうな顔しちゃって。うちの嫁は可愛いねぇ。ココ、気持ちいいんだろ? 言ってみな?」
「ん、んん、イく、イくから、して」
「して?」
「あっあっ、もっと、して、奥、してぇ」
 快楽を求める妻の痴態に満足した小五郎は鼻を鳴らした。さらに指を回転させてねじ込み、ぐりぐりと上側の壁を刺激し、指を曲げる。英理はひときわ大きな声をあげて仰け反り、悦んだ。
「……ああ、たまんねぇなぁ、英理。ナカが脈打ってるみてぇにビクついてるし。ムラムラしてくんなぁ」
 膣に入れた指をゆっくりと抜くと、英理は名残惜しそうに小さく呻いた。小五郎は英理の汗で張り付いた前髪をわけ、だらしなく開いた唇にキスをした。甘く蕩けるようなキスに満足して唇をねちょっと離すと、英理は甘さとはかけ離れたことを冷たく言ってきた。
「……この、ヘンタイオヤジ」
「はは、どっちが。すげー喜んでんの、バレてっけど」
「バカ! どうしてそんなに機嫌が悪いの? 今日は感謝されてもいいくらいだと、思うんですけど」
「感謝してるぜ。だからこうして、サービスしてやってんじゃねぇか」
 胸をやわやわと揉み、乳首に対して彼の思う『サービス』を施しながら小五郎は言った。英理は溜息をつきながら、顔を歪め、忌々しそうに吐き出した。
「サービスとか言って、飲み過ぎたんでしょ。飲み過ぎて、お粗末なんでしょ」
「なんだって?」
「勃たないから、小手先でお茶を濁してるんじゃない? 憐れなオジサン」
「カチーン」
 小五郎は思わずそう言って、口を付けていた乳首を噛んだ。英理は当然抗議の声を上げたが、小五郎は構わず強く吸い付いた。
「いっ、痛い、痛い、図星だからって、怒らないでよ」
「お前、たまには、本気で泣かせてやろうか? 今日は特別サービスしてやるよ。なんせ機嫌がいいもんでなぁ……」



 手首の拘束を解かれた英理は、手を擦る間も与えられずに四つん這いにさせられた。自分の身体の中心を晒しながら身体を支え、羞恥で俯きそうになる顔を持ち上げると、自分の身体の影が壁に浮かび上がっていた。それはまるで女豹のように男を卑猥に誘っていて、英理は目を背けたくなった。しかし、そそり立つ男根の影がじわじわと迫ってくるのが見えて、英理は身体が震えて食い入るように目が離せなかった。
「ったく、このケツがなぁ……」
 ぺちぺちと、英理の突き出された丸い尻を小五郎はペニスで叩いた。その熱くて固い生々しい感触に、英理はますます顔を赤くした。
「やめて」
「お前さ、もう若くねぇんだから、パンツスーツにしたら?」
「それは問題発言ね」
「ここぞって時に、自分のケツ、見せつけて楽しんでんだろ。イイ趣味してんな」
「それは、どうも」
 英理は否定をしなかった。英理の神経はただ一つを求めて、それどころではなかったからだ。自分から溢れる蜜がどろりと太ももを伝っていく感触がして、もういい加減焦らすなと、怒りを覚えていた。
「なあ、この正面に鏡置いたら、面白いよな。燃えると思わねぇか」
「それこそ、イイご趣味ですこと!」
 早くして! 英理はほどんどそう言いかけて、語気を荒げた。世間話をしている余裕はなかった。小五郎はまだぺちぺちと、英理の尻を弄んでいる。
「いい眺めだなぁ、お前にも見せてやりてぇよ、いいケツだよ、ホント」
 辱めの言葉に英理はとうとう辛くなり、右肩をシーツにつけ小五郎を振り返った。尻が高々と上がり、ぱっくりとなにもかもが明るみに出てしまっていて、羞恥はさらに欲望を加速させてしまう。英理はたまらずねだった。
「いい加減に、してよ」
「……して?」
「……はやく、ちょうだい」
 小五郎は、息を飲み、ゆっくりと吐いた。
「お前も好きだね」
 小五郎は掠れた声で言い、英理の腰に手を当てると、徐々に肉を裂いていった。



「あ、あ、もう、なんでっ、ああっ」
 ゆっくり、円を描くように入ってきたペニスの固さに、英理はたまらず喘いだ。突っ伏し、両手でシーツを握りしめ、こみ上げるどうしようもない快感に耐えている様は、小五郎の脳を甘美に刺激していく。
「オイ、腰が動いてんぞ、そんなにいいか。このスケベ」
 パチン、と両手のひらで叩くと、腰が震え、足がさらに開いた。深くくわえ込もうとする貪欲な動きに応えるよう、小五郎はカリを擦りつけ、英理を追い詰めた。
「ダメ、イく、イく、あっ」
 急激に上り詰め、弾けそうになったところで小五郎は動きを止め、腰を引いた。
「あぁ……」
 遠のいた絶頂感を探すように、英理の腰は卑猥に動き、止まらなかった。
「すげぇな、もしかして欲求不満だった?」
「……ひ、ひどい」
 それでも英理の腰はとまらない。小五郎のからかいがなければ、英理の右手は、自らの陰部に伸びていただろう。
「どう? 粗末なもんで、満足できねぇだろ」
「あ、謝るわよ! 謝るから、ね、お願い」
「謝る? じゃ、スケベな尻で男を誘ってごめんなさいって、謝れよ。そしたら、イかせてやる」
「なにそれ……! あなたがなにを怒ってるのか、さっぱりよ! ねぇ!」
「ホラ」
 小五郎は再び深く挿入し、壁にゴリゴリと擦り付けた。英理は呻いて背中を反らせたあと、派手にベッドに倒れ込み、汗で濡れた顔をシーツに落として激しく鳴いた。
「は、あ、あっ、いいっ」
 徐々に脚の筋肉が強張るのを見て、おい勝手にイくなよと、小五郎は笑いながらまた腰を引いた。英理は掴み損ねた快楽に気が狂いそうになり、頭を振った。涙をぼろぼろと零しながら、小五郎を睨んだ。
「もう、嫌いっ」
「ちげえだろ、ごめんなさい、だろ? 言え、ホラ」
「謝るから、怒らないで……。優しくしてよ、バカ」
 謝る、と言いつつバカと罵る英理は、目に涙を溜め、尻を上げ振り返って懇願している。その姿は小五郎の支配欲をビリビリに刺激した。最高の眺めだった。全身の血液が一点に集中し、彼自身もあっという間に堪えられなくさせられてしまう。
「くそ! しょうがねぇなぁ、この!」
 内心焦りながら、小五郎は前屈みになり、英理の背中に覆い被さった。ペニスが最奥に刺さって、英理はシーツが千切れそうなほど握って、もう声も出せないほどビクビクと震えていた。
「イくか?」
「あ、もうダメ……イく、イく、わ」
 英理は足を器用に絡ませ、小五郎の太ももに巻き付けた。すると円を描くようにもどかしかった腰の動きの目的がはっきりと変わって、小五郎の射精が近いことが英理にはわかった。英理はベッドに顔を押しつけて叫びながら、焦らされて得た絶頂の深さに、そのまま意識を失った。



  4



「お目覚めかしら」
 小五郎が目を開けると、無表情な妻に見下ろされていた。
「へ……? なんで、お前が?」
「あなた、昨夜ベロベロに酔っ払ってここに来たのよ。覚えてないでしょ?」
 
 昨夜は、ムシャクシャすることがあり、行きつけの飲み屋に行って、羽目をはずしてしこたま飲んでいた。店を出たのはもう電車のない時間だったので、しかたなく夜道をブラブラと歩いていて……。と、小五郎の記憶はそこで途切れている。
「駅前で飲んでたトコまでは覚えてるんだがなぁ……」
「水飲めば」
「ああ、サンキュ」
 英理は小五郎にぶっきらぼうに水を差し出した。その手つきの雑さで、英理が快くない感情を持っていることはありありとわかった。胸元の大きく開いたバスローブからは、少し湿った匂いがしていて、シャワーでも浴びたのだろう。その隙間からは、英理の白い肌が所々赤く擦れているように見え、小五郎は聞くか迷って、本能で口を閉じた。
 記憶をなくすほど酔っ払って英理の家を訪れるなんて、なにもなく平和に過ぎたはずがない。自力でなんとか昨夜のことを思い出そうとして、頭がズキッと痛くなった。 
「いててて」
 どうやら、いささか飲みすぎたようだった。重い頭を転がすように上質なベッドの上に寝そべる。肌に触れるシーツの感触が妙に気持ちよく、そこで気がついた。小五郎は服も着ていないし、下着もつけていない、真っ裸だった。英理のマンションを訪ねた記憶がなければ、服を脱いだ記憶も、もちろんその先のことも一切覚えていない。
 小五郎は言いにくそうに口を開いた。
「なぁ……」
「シーツ換えたいから、ちょっとどいてくれます?」
 英理の冷ややかな声に、ふと小五郎がシーツに目をやると、白い布のあちこちにいくつも染みができていた。残されたいくつかの物証に、小五郎のポンコツな推理力も、さすがに正解を導き出した。眼鏡をキラリと光らせ表情の読めない英理を、汗を掻きながら見上げるが、なんと言って良いのか、小五郎にはわからなかった。
「あの、よ……」
「別に、なにも、ありませんでした」

 英理はすごい力でシーツを引っ張ると、小五郎を床にゴロリと転がした。






おわり


ありがとうございました♡