変態紳士

 

 

 

──あの男。どういうつもりで、こんなもの送りつけたのかしら。

 

 

『変態紳士』

 

 

その茶封筒は、マンションの郵便受けで発見したモノだった。差出人の住所も名前も書かれていない。

息を止め、警戒しつつ手に取った。よくよく見ると隅に小さく、ふざけたサインが入っている。ほっと鼻から息を吐き、警戒はすぐに疑問に変わった。

 

差出人は別居中の夫。

ごく珍しい届け物に、帰宅早々手も洗わずに開封させられた。

そして、顔をしかめた。

 

「……なんのつもり?」

 

独り言のような質問に、肩に乗った愛猫も、不思議そうに鳴く。

意図を知りたくて、よく考えもせずにデッキに入れてしまったのが、間違いの元。

 

 

──あ、あの男……!

 

 

それは、恐怖映画のDVDだった。

映画の内容には、メッセージ性などない。強いて言うなら、大嫌いなモノを無言で送りつけたことが、その意図をよく表しているといえる。

 

つまり、いたずら。

というか、たちの悪い嫌がらせだ。

いかにも恐ろしい曲をバックに、エンドロールが流れている。

震える指先で、停止ボタンを押した。

 

 

 

 

眠れなかった。

 

血の黒い色に、つんざくような悲鳴。

濡れた髪の毛だらけのバスルーム。

 

観察眼をうらめしく思うほど、恐怖を描いた細やかな映像が、鮮明に瞼のうらに広がっている。

一人暮らしの女の家に、悪霊が住み着くという。題材の選び方にもハッキリと悪意があった。

 

……電話をするのも思う壺のようで。

けれど眠れない夜を持てあまし、夏の夜を楽しませてくれた『御礼』のメッセージをしたためた。

 

──B級ね

 

送信して目を閉じたとき、早すぎる返音が鳴る。その軽やかな音にすらビクついた。

 

──フーン。俺的には傑作なんだけどな

 

──あなたとは趣味が合わない

 

──ああ、明日が楽しみだ

 

それを見て気がついた。明日の夜に、家族で食事をする予定が入っていたことを。

ニヤニヤと笑ういやらしい顔が浮かんで、むらむらと湧く怒りの感情。

きっと睡眠不足の顔を見て、日ごろの憂さを晴らしたいのだろう。

 

──人をオモチャにして!

 

そう送りかけて、思いとどまった。

それこそ術中ハマるようなもの。

女に生まれて38年。青隈の隠しかたなんて、お手の物だ。

 

──悪趣味ね。変態。

 

とだけ打って布団をかぶる。

仕返しの方法をあれこれと考えていると、恐怖はいつのまにか、興奮に変わったが。

わくわくして、結局眠れなかった。

 

 

 

おわり

 

 

0809 ワンクリ

テーマ『怪談』