花見男

 

 

 

 



 ――今年も桜がきれいね。
 英理からの唐突なメッセージに、オレはスマホ持ったまま顔をしかめた。
 休みの朝っぱらからなんだ……。寝起きのボケた頭で考える。アイツめ、今度はどんな憎たらしい小言を放り投げるつもりなんだか。
『何の用だよ』
 不機嫌さを前面に出した文字を打つ。だが送信するまえに立ち止まった。
 桜ねぇ……。
 部屋のカーテンを開けてみた。春らしいぽかぽかとした日差しが顔に当たる。今日はいい一日になりそうな予感。よーし。子どもたちを連れて、美味いもんでも食わせてやっか! 
 そう揚々と振り返り、初めて気づいた。床にいつも敷いてあるコナンの布団がない。
 合点がいったオレは、打った文字を削除した。代わりにこう打った。
 ――花見でもするか。
 スマホをポケットに入れ、あくびをして洗面所に向かった。この土日、家には誰も居ないのだった。
 咲き誇る桜を見て、感嘆する心くらいは持ち合わせている。だが満開の桜より、桜を口実にはっちゃける宴会の方が断然好きだ。アイツは桜を見てオレを思いだしたんだろうか。それともオレ様に会いたくて、桜を口実にしたんだろうか。
 ――お花見? ならあそこにしましょうか。
 英理からの短い返信があり、あそこ、という不明瞭さに小五郎はまた顔をしかめた。口角を上げた意地の悪い笑みが頭に浮かび、高飛車な声まで聞こえてくる。「さあ、桜といえばどこかしら?」 まったく、こざかしい女である。
 ――十時でいいか。
 なめんじゃねーぞと思いながら、そう返信をした。
「はぁーあ、めんどくせぇなぁ」
 歯磨きをしながら泡まみれの口で言う。めんどくせえ、めんどくせえ。花になんて興味はねえ。酒が飲みてえ。アイツもアホだね。場所も言わずにオレを試したりして。会えりゃ及第点、会えなきゃさらに関係がこじれるだけなのに。思い出なんて確かめてどうする。オレは過去よりいま。花より団子だ。
 切っとくか。反射的に思った。洗面所の棚にある爪切りが目に入って。
「フン」
 何だって? 花見の後を期待してるんじゃねぇかって? バーカ。単にエチケットだ。いままで何十回アイツと花見をしたと思ってんだ。どんだけの季節を過ごしてきたと思ってんだよ。
 静かな家の中、ぱちぱちと手早く爪を切る。まるで心が弾んでいる音。手だけでは鳴く足の爪まで切った。
 浮ついてるって? ……しつけーな。それは春だからだろ。