1
英理は仁王立ちで、毛利探偵事務所の看板を見上げた。
予想どおり、灯りは消えている。
お昼頃、蘭から電話があったのだ。
「今ね。コナン君と一緒に大阪に来てるんだ。お父さんが独りでハメ外して飲みすぎないように、見張ってよ、お母さん」
「なんで私が。別にあの男が飲んだくれてるのは、いつものコトでしょ」
それは、蘭なりの気遣いなのだろう。邪魔者がいないところで仲良くやってね、というメッセージ。それが逆効果なのだということを、彼女はまだ気づいていない。
「最近ねー。ひいきの飲み屋さんができたみたいよ、お父さん。こないだなんか、若いお姉さんに抱えられて帰ってきたんだからね!」
「……へぇ」
「私たちが居ないスキにさ、女のひと連れ込まれでもしたら嫌だもん。お母さんだってそう思うでしょ?」
「好きにしたら良いんじゃない? たまには外したいハメもあるでしょうよ」
興味のない声を出しながら、私は焦って手帳をめくった。今夜の予定は……仕事関係者と夕食を共にする約束が、1件入っている。
「ハメなんて、いつも外しっぱなしじゃない! たまにはお母さんからも、ギュッと絞めてもらわないと駄目だよ。お父さんが酔っ払うとどうなるか、一番わかってるでしょ?」
「もう、いまさら興味ないわ。そんなことを一々知らせてこないで頂戴。あの人だって大人なんだから……あなたは心配しないで、旅行を楽しみなさいな」
「うん! 頼んだよ、お母さん! じゃあね」
娘はそう言って、唐突に電話を切った。
蘭の操縦は、年々巧みになっている。我が娘のことながら、感心しそうになった。
私は遅くに始まった会食を早々に切り上げて、タクシーに飛び乗る羽目になる。
時刻はもう23時を回っていた。2階の探偵事務所も、3階の自宅も、電気は暗いままだ。
毛利家の合鍵は持っている。上がって待つべきだろうか。今夜帰ってくるかは、分からないけれど……
見上げたまま少し迷っていると、通りの向こうから、聞き覚えのある大きな声が聞こえてきた。
「もー1軒いっちゃおーーかな~~!!」
千鳥足の男が上機嫌そうに、えっちらおっちらやってくる。案の定泥酔している。期待を裏切らない夫の姿だった。
「毛利さん、もう止しましょうよ。もうすぐお家に着きますからね」
隣には、遠目に見ても派手だとわかる女性が、寄り添っていた。蘭の話は、私にはっぱを掛けるための、嘘ではなかったらしい。
私は咄嗟に、毛利家への階段を駆けのぼる。彼らがコチラに気づく前に、3階の自宅で待ち受けることにした。
「さ、着きましたよ。お履物、脱げますか?」
パチリ、と電気が付けられる。
私は台所に潜んでいた。彼らからは私の姿は見えないだろう。
「んん、ありがとぉ。またねぇ~~」
夫はかなり泥酔しているようだった。
ドサッと玄関に倒れ込む音がして、その姿を覗き込もうと、そっと首を伸ばす。
「寝室はどっちかしら。お連れしないと」
寝室と聞いて、私は頭を抱えたくなった。
女は驚くべきことに、独りで歩けない小五郎を、うんしょと持ち上げる。二人はそのまま寄り添って小五郎の部屋へ入っていく。
私はハラハラしながら、忍び足で二人の後を追った。
暗い部屋を覗くと、小五郎はだらしない姿で、ベッドに転がされている。次に、吐き気のしそうな光景が、目に飛び込んできた。
女は小五郎の上に、ゆっくりと馬乗りになったのだった。そのあまりの光景に、私の頭は混乱し、ガンガンと強い音が鳴り響いた。
女の手が、小五郎のネクタイにしゅるっとかかり、少しずつ解かれていく。
「毛利さん。シワになっちゃいますから、お洋服脱ぎましょうね」
「うーん……」
私は震える拳を握りしめて、こっそりと成り行きを見守っている。
女の指が、彼のシャツのボタンを一つずつ外し、ベルトに手が掛かる。
器用に服を脱がせるもんだと、その慣れた手つきに、私は妙に感心しつつ、呆れていた。初めてではないのかもしれない。
するするとズボンが脱がされていく。
下着姿にさせられた夫は、なかなかいい体をしていた。こんな風に客観的にみることがあろうとは、夢にも思わなかったが。
女の後頭部が、小五郎の下半身をじっと見ている。そして、ゆっくりと小五郎の股間に触れそうな距離まで近づいていく。
触れるかどうかギリギリのところで、私はとうとう我慢がきかなくなった。
「……ちょっとお取り込み中のトコロ、悪いんですけどね」
「きゃあ!! だ、だれ!?」
問答無用に、パチリ、と電気を付けてやる。明るい下でみると、この異常な光景と、女の派手さが、より際立っていた。夜の商売をしているのだろう。その女に乗られた夫はぐーすかと寝ている。
「その人の、妻ですけれど」
「おっ、奥様? えっ? 毛利さん、てっきりバツイチだと……」
「残念ながらね、まだ繋がっているので。一応声は掛けさせてもらいました。職業柄、不貞行為を目の前で見過ごすことは、あまりに不義かと思いまして」
私は壁に斜めに寄りかかって腕を組んだ。顎を引き、ねめつけるように、女を見る。
すると彼女はみるみる汗をかいて、ソソクサと荷物をまとめて出ていった。
ずいぶん若い女性だった。少し、大人げない行動だったかもしれない。反省はしないが。
私は、下着姿に剥かれた男を見下ろした。反省すべきはこの男。寒さも感じず、いびきをかいて、たいそう気持ち良さそうに寝ている、私の夫だ。
すこし丸みのある股間に、私もつい目がいってしまった。あの女はココに鼻を近づけていた。あの慣れた手つきで、口淫でもするつもりだったのだろうか……
私はその姿を想像して苛立った。苛立って……思わず。しぼんだ股間を踏みつけるように、足の裏を当てた。ふにゃ、と柔らかいそれを、ゆっくりなぞっていく。
「う……」
小五郎が顔をしかめて、小さく声を漏らした。その無防備な表情。私は意地悪い気持ちがムクムクと湧いてくる。
ストッキングを履いた親指の側面を使って、彼の竿のあたりをスリスリとさすった。
「う? う……ん」
私の足の動きに答えるように、小五郎の表情が素直に歪む。その反応が、草臥れたオジサンの癖に可愛い、なんて思ってしまって。この男は、他にもいろいろ余罪がありそうだった。
今夜は会食で酒を嗜んで、口の中が渇いている。私は、カバンの中から水の入ったペットボトルを取り出すと。ほとんど満タンのそれを、一気に喉に流し込んだ。
口の中の潤いと、唾液が欲しかった。これからしようとすることのために。
私もいささか酔っているのだろう。酔っていなければ、例え怒りに任せていたって、こんなことできるはずがない。
私は部屋の電気を消し、彼のトランクスに手をかけた。
2
横たわった小五郎の両足の間に座り込み、私はメガネを外してソッと脇に置いた。
行儀よく正座をして姿勢を正したあと、ゆっくりと身をかがめて近づいていく。
もわっと。目眩がするような、男の匂いがした。
柔らかな竿に、力を抜いた舌を、ねっとりと這わせていった。さっきの女の後頭部が、脳裏にずっと浮かんでいる。
この匂いを嗅いだ女が、他にもいるのかもしれないと思った。
なぜか、私は気合が入った。
ちら、と小五郎の顔を見る。眉を寄せて目を閉じ、だらしなく口を開けていた。どんな夢を見ているのか知らないが、いい気なものだ。
つつ、と筋を舐めてペロリと頭を一舐めする。すると、ソコは途端に力を帯びてきた。
「うぅん……」
まったく。
寝ぼけてるんだか、イイんだか。
どちらかわからない声が、頭上から聞こえてくる。
袋を口に含んで舌で甘く愛撫をしながら、右手を使って、棒を上下にこすっていく。そこは更にむせ返るような匂いがしていて、酔いそうだった。
私はその匂いのせいかだんだんノってきて、どんどん動きに夢中になっていく。
小五郎の内ももに、ぐっと力がこもった。本能的なものなのか。それとも、覚醒しだしているのかもしれなかった。
「……」
いや。
正気になったらコッチの負けだ。
ふいに頭に手が添えられた。
私は小五郎の股間に顔を埋めながら、目だけで夫を見る。彼は薄っすら目を開けて、苦しげにこちらを見ていた。
「え、英理? なにを……」
この暗闇で、他の女と間違えなかったことは、褒めてやろう。
ご褒美に、じゅるっと音を立て咥え込み、少し強めに吸い付いてやった。
「……くっ」
夫の顔が、色っぽく歪む。私はますます楽しくなってきて、顔を上下に動かしていった。
「はっ……すげぇ……」
気持ちよさそうな夫の声。私は気を良くして、さらに動きを激しくし、ジュルルっと強く吸い込んでいく。
彼の太腿にポツポツと鳥肌が立つのがわかった。早すぎる、爆発のサインだった。
「オイ、……ソレ、まずいって……」
私の頭に添えられた彼の手に、ぐっと力がこもる。構わず動きを激しくすると、彼は両手で私の頭を固定した。
「うぉ……!」
低く、唸るような声がした。
舌の上に、ぴゅ、ぴゅっと、熱いものが飛んできて。私はさらに深く咥え込み、それを喉の奥で味わった。
やがて動きが収まり、体の力が抜ける。ちゅうっと吸い取るように精液を絡め取り、私はようやく唇を離した。
「……ん」
私はソレをコクっと飲み込む。粘度が高く、喉ごしは最悪だった。
3
「ハーーーーーー!!」
小五郎はベッドに横たわって、両手で顔を覆い隠している。
「お前……何してんだよ!? いきなり。痴女かよぉ~~!」
「……酔いは覚めたみたいね」
小五郎の呆気にとられたような言葉に。私の酔いも情熱も、スーッと冷めていくようだった。
途端に我に返り、コトの重大さに自分で気がついて私は青くなる。慌てて彼に背中を向けた。
「わ、悪さをしないように、ちょっと絞めておいただけ。蘭にもそうするよう言われたし……」
「ハァ!?」
「とにかく!! 独りだからって、ハメ外すんじゃないわよ!」
私はカバンを持って、慌てて部屋を飛び出した。下着も身につけていない彼が、私に追いつくことはできないだろう。
どうかそのまま、今夜のことが夢だと思ってもらえるようにと願いながら、私は階段を駆け下りた。
「おいっ、待てよ!!」
階段を降りきったところで、後ろから小五郎の声が聞こえた。
早すぎる反応に驚いて振り返ると。
彼の姿を見て、私は目を剥いた。
「なっ……!!!」
夫は、むき出しの下半身を晒している。
体中の毛穴から、ドバっと冷たい汗が吹き出してきた。
「そんなものっ、ぶっブラブラさせて出てこないでよっ!」
「誰のせいだよ!!」
「いいから、入りなさいっ!」
一度降りた階段を慌てて登り、彼を家に押し込める。私は一気に息が切れて、呼吸が苦しくなった。
「ハァ」
「……どうしたんだよ。お前変だぞ」
玄関の戸に背をつけ息を吐く私を、小五郎は覗き込んでくる。夫は戸惑っているようだった。当然だ。私だって驚いている。
「別に……ちょっと酔ってたの。なんでもないわ」
そう言う私の口の中には、まだ彼の味がしつこく残っていた。吐く息にそれが少し混じっている。
私は急に恥ずかしくなって、いたたまれなくなった。なんて馬鹿なことをしたんだろう。
「なんでもねぇって……そんなツラで言われてもよ」
小五郎は両手で、うつむいた私の頬を掴んで、上を向かせる。それでも私は目が合わせられなくて、眼球だけで足元を見ながら言った。
「……あなた、襲われそうになってたわ」
「は!?」
「それも、うら若いお姉さんに。邪魔して悪いと思ったけど。偶然見ちゃったから、止めたのよ。蘭も年頃なんだし、あんなこと、家ではやめなさい」
「全然覚えてねぇんだけど……アノ娘か? いやドノ娘だ? モテる男はつらいな」
まったく悪びれない夫の口調に、ますます私は悲しくなった。
「……だから。追い返しちゃって悪いと思ったから。私が代わりに抜いてあげたのよ! だってそれって妻の仕事でしょう? あっという間に終わる、簡単な仕事だったわ! あなたすごく酔っ払ってたみたいだから!!」
「オイオイ……」
「じゃ、そういうわけだから」
掴まれた頬を振りほどいて、私は真顔を作った。
「なんだそりゃ! どういうわけだよ! そんで早くて悪かったなぁ! 溜まるものは、溜まるんだ。お前が傍にいりゃあよ……!」
小五郎はそう言ったあと、ハッとして私を見る。
「傍にいりゃあ、なに?」
「いや……」
「なによ?」
小五郎は観念したように私の両肩に手を置いて、まっすぐに目を見てくる。その瞳の色がみるみるうちに真剣なものに変わっていった。
「……そりゃ、お堅いお前にあんなことされりゃ、すぐ出ちまうよ」
「それ、真面目な顔で言うことじゃないでしょ!」
「なぁ……」
囁く夫の声が、少しずつ低くなり、湿り気を帯びてくる。
「そもそもさ、抜くのだけが女房の仕事じゃないだろ? たまには抱かせてくれ」
不覚にもときめいてしまった。こんな下半身丸出しの男に。私はおかしい。
「……じっくり余罪を追及させてもらうわよ? 覚悟しなさいね」
小五郎の手が私の腰に回される。私もそれに応えるように、首に腕を回して言った。
おわり