薄情女と演出家







 電話口の小五郎の素っ気ない返事に、私は不覚にも狼狽えた。この電話は「あなたの声が聞きたくなっちゃって」と同じ意味だったのに。確かにそうね。言い方はよくなかったかもしれない。「お母さんはお父さんにだけ、どうしてそんな言い方するの?」娘にもよく注意される。
 あの人だからよ。私は心の中で思う。あの人が特別だから、こんな回りくどい言い方をするの。これが私たち流のコミュニケーション。喧嘩になりはするけど、小競りしたあと「ったく電話だと埒があかねえな!」とか言って、デートの約束でもしてくれるはず……だった。いつもならば。

「私、用事が無かったら、暇人で飲んだくれのアナタなんかに、電話なんて掛けなくてよ?」

 察しの悪い小五郎の態度にイライラしていた。
 態度が悪いのも、私の憎まれ口もいつものこと。小五郎とは幼なじみで喧嘩は日常茶飯事だったし、こんな些細なやりとりは喧嘩のうちにも入らない。

「切るぞ」
「え?」

 ──電話口の小五郎の重たいため息を聞くまでは、そう思っていた。私は当然に、彼にかまってもらえるものだと、思いこんでいた。

「朝からお前のイヤミったらしい文句に付き合ってられるほど、暇じゃないんでね」
「あっ、ちょ」

 小五郎の冷たい言葉のあと、すぐに電話は切られた。無慈悲なコール音を、私はただ呆然と聞いた。
「何なのよ、いったい?」
 デスクに頬杖をつき、手にしていたカッターナイフを引き出しの中に転がした。

 事の発端は、朝の日課からはじまる。
 8:30 事務所のビルのコーヒーショップでコーヒーを買って、コンビニでスポーツ紙を二紙買った。これは毎朝の事で、栗山さんよりも30分くらい早く出勤して記事を一読する。新聞をデスクに広げ、作業に取りかかる。ウキウキとカッターを取り出す日もあれば、ギチギチとイヤな音を立てゆっくりと刃を出す日もあるけれど、それは記事の内容による。
 今朝は鼻歌を歌いながら新聞に刃を立てた。そのとき、ふっと違和感を感じたのだ。事件解決時と思われる、名探偵・毛利小五郎の写真に。
 そう。私は、夫の記事を収集することを目下の趣味にしていた。写真に向かって、老け顔になるのも厭わずジーっと目を凝らし気づいた。違和感の正体。

「……え!? ……あ、痛っ」

 刃が指先をかすめた。ティッシュで指を押さえ、あわただしく絆創膏を巻いた。
 あのひとの写真は、記事によるとつい昨日のものらしい。目を閉じて事件解決のあらましを語りながら人差し指を立てている。私はその左手に刮目し、気持ちを落ち着かせようとコーヒーを手に取った。

「……熱っ」



 私の左手の人差し指に巻いた絆創膏。舌の火傷も、まだヒリヒリと痛い。
 記事を見て居ても立ってもいられず、電話をかけたのに。それをあのひとは用件も聞かずに……。

 ──切るぞ。

 なんなの、なんなのよ、あの態度は。妻からの久しぶりの電話をあんな形で切るなんて。
 いい度胸だわ。何があったか知らないけどいいわ。放っとこ。記事を見た事。電話を掛けた事。きれいきっぱり忘れて一日を始めよう。ハイ!そう手を叩いて経済紙を鞄から取り出す。

 ……けれど。一面を流し見ながらも私は、強烈にイライラして仕方がなかった。その見出しが、女性問題で辞任する都知事のことが書かれていたからかもしれない。就任当時は最年少記録を更新し、好感度抜群で人気を博していたのに。何で不倫なんかするんだか。

『アレをした男性って、なんか安心感があるっていうか。人の物ってカンジが奪いたくなっちゃうんですよね。絶対手に入れてやるぞって、逆に燃えちゃう』

 私はこの都知事の、奥様の代理人を務めていた。示談金交渉のために噂の不倫相手とも顔を合わせた。なぜ不倫なんて持ちかけたんですか? という質問に対する彼女の無邪気な答弁を、ふと思い出していた。

 ──出勤したら、新聞と飲みかけのコーヒーが放置されてたんです。ええもう、事件のニオイがプンプンしてました。

 秘書・栗山緑はのちにこう語る。




 
 そもそも今日はオフにするつもりの日だった。日曜出張の代替で何も予定を入れていなくて、事務所へ出たのは調べ物でもしようと思い立ったから。だから、調べ物の矛先がすこし変わっただけにすぎない。うん。うん。そんな自分を納得させる言い訳をしながら、ヒールを鳴らして目的地に向かった。

 ……暇人だなんて、よくない言い方だったかな。

 昔からこんな事がよくあった。小五郎には何を言っても大丈夫、という安心感から、他人にはしないキツい物言いをしてしまう。小学生の男の子が、照れ隠しに暴言を吐くみたいな事を、うっかり。



***



「なんだよ、来やがったのか。朝っぱらからギャーギャー喚くんじゃねーぞ……」

 玄関での容赦のない第一声に顔がひきつる。
 小五郎は嫌そうな顔をして、しぶしぶと私を家に入れた。探偵事務所ではなく住居エリアの3階にいたので、朝食後に子どもたちを学校へ送りだして、二度寝でもするつもりだったようだ。良いご身分だわね。いつもなら真っ先に浮かぶ2つ3つの苦言も、今日ばかりは口にするのをこらえた。ちょっと近くまで来たのよ、と必要のない嘘までついていた。

 ムスっとしてリビングであぐらをかく小五郎。その隣に私もおとなしく座る。疲れているのか、眠たそうにテレビ画面をみる横顔に向かって、静かに話しかける。

「お忙しくご活躍のようね」
「……朝からお前のイヤミは聞きたくねえって言ったろ」
「ばかね違うわよ。さっき見たから」
「何を?」
「あなたが昨日解決した、事件の記事を」

 小五郎は意外そうに目を丸くした。頬杖をついたまま、私の方をちらと見てくるので、目をそらした。
「ホー……気にしてくれてんのか」
「たまたまね。ま、一応。夫婦ですから」
「フーン……」
 私、迂闊なことは言わないわ。別居中の夫の活躍に興味津々で、毎朝欠かさずチェックしているなんて事はね。ごまかすように、蘭が作っておいたであろう冷たい麦茶を口に運んだ。そして、彼の左手を盗み見る。
 麦茶を飲む左手の薬指には、鈍く光る結婚指輪が、やはりあった。

 新聞記事にはっきり映っていた。

 私は小五郎の指にある結婚指輪に驚いたあまりに、そそっかしく自分の指先を傷つけたのだった。
 そりゃあ気になる。だって最後につけていたのはいつだった? 記憶を辿ったけれど、私の頭は数年前の親戚の結婚式のことを思い出したきり、何も思い出さなかった。そのくらい身につける事がなくて、失くしたのかと思っていた。

 それにしても。
 私、おかしい。今日の小五郎を見てると、胸がドキドキして仕方がない。まるでアプリのキラキラ加工のフィルターが掛かったかのようにさえ映る。
 感嘆の吐息がもれちゃうくらい。
 小五郎の節くれ立った手に、途轍もなくリングが似合っていた。この手に触れられたら、どうにかなってしまいそうだわ。……って、何を考えてるのよ私。

「さ、最近、良い事あった?」
「イイコトぉ? パチンコで大当たりしたとかか?」
「そうじゃなくて。え~と……」
「?」

 私は何を聞き出したいの。自分の下手すぎる事情聴取に頭を抱える。他人の内情を聞くことを生業としているくせに、夫のことになるとまるでダメ。女房に良いことあった?と怪しすぎるカマ掛けをされて、モテる自慢をする脳天気な旦那がどこにいるのよ。

「……近づいてくる変な女に気をつけなさいよ」
 よくわからない忠告に、小五郎は不審がって眉毛をつり上げた。
「どっちが暇人なんだかな」
「……そんな言い方しないで頂戴。ただ家族の様子を見に来ただけよ」
「どんな様子だよ。大して遊んじゃいねーよ」
「へ~?」
 ソワソワしてしまう。大して遊んでいないけど、少々遊んでいるってこと!? 蘭に任せて放置しがちだったけれど、ちゃんときつく目を光らせないと。
 ゴクゴクと麦茶を飲む手を見つめる。凝視しない程に目を逸らし何度も盗み見た。どこからみても色っぽくてたまらず、胸がしびれてしょうがない。

「……指」
「……!? ゆび、がどうかして?」
「いやその指、どーした」
 小五郎は私の左手人差し指を気にしていた。
「ああコレ、ね……。びっくりするような記事があったものだから、うっかり手が滑っちゃって」
「事件の記事のスクラップ、まだやってんのか。その記事、どんな事件だったんだ?」
「……大事件よ」
 その言葉はため息のようだった。具体性のない返答に小五郎も大して興味がなさそうだ。

「オレあんま寝てねーからよ。テキトーにやってろ」
「テキトーって……」
 小五郎はあぐらの姿勢から、ごろんと横になって目をつむる。単に、寝不足で機嫌が悪いだけなのかもしれない。
「お偉い弁護士先生が、仕事サボって、朝からオトコの家に来てていいのかよ」
「お、オトコ?」
「ったく、ほんとに何しにきたんだか~ぁ」
 小五郎は大あくびをしながら話しかけてくる。唐突に色めいた発言に、いちいちドキッとしているこっちがバカみたい。

 寝顔、ひさしぶりにみたわ。頻繁にあなたの顔を見るから、会ってるつもりになっていた。けど、メディア越しの一方的なものだったような気がするの。
 最近のあなたのこと、何も知らない。
 どうして指輪なんてしてるの?
 どんな心境の変化なの?
 気軽に聞くこともできない。あなたの気持ち、言ってくれないと私、全然わからない。
 ……ねえ、教えて?
 心の中で問いかけた。頬に唇で、ちゅ、と甘えた。

「……。お前の用事ってそれかよ」

「だって、私」

 なんて言ったらいいか、わからないんだもの……。困って、寝そべる小五郎を見つめる。眉尻を下げて情けない顔をした私を見て、……やれやれしゃーねーな、と言うかのような小五郎の手が伸びてくる。私の耳に手が触れて、メガネがそっと外された。
 キスをする、とはっきり解った。解ったというより、するぞ。と解らせているのだと思う。頬が、かあぁっと紅潮した私に、小五郎はゆったりとした動作でテーブルにメガネを置く。
 手で頭を引き寄せられ、麦茶で冷えたつめたい唇と唇が、あっけなく触れていた。




 私は期待してた。からからに乾いた心に、デザートをあたえるような、甘ったるさ全開のキスがしたかった。なのに唇は、柔らかく触れただけですぐに離れてしまう。あまりにも足りなくて、「あ……」と声が、つい漏れる。
 寄ってきたからキスしてやった。それだけだ。
 小五郎はそう言わんばかりに、枕にしていた座布団へ、再び頭を戻して目をつむった。
「……もう」
 素っ気なさすぎる小五郎へ、もっとしてよ、と甘える。この言い方で甘えている……つもり。小五郎だって解ってるはずだ。
 ──どうしてそう言わないのよ。
 心の中の自分が責めてくる。キスして、って自分から懇願しろって? ……私そんな事、言えないわ。
 ──ふぅん。どこかの甘え上手な若いオンナに、略奪されてもしらないから。

 私は思わず、両手で小五郎の頬を包んでいた。身体を折り畳んで、顔を近づける。テレビのワイドショーの音が、意味のない雑音として、遠ざかっていった。




 鼻が触れ、口をうっすら開きながら口付ける。甘さを感じて欲しくて、ねっとりと舌を絡めた。 
「ん、……ん、」
 唇を吸うと、ちゅ、という音が鳴る。何度か繰り返して離すと、小五郎は私の頭を引き寄せる。向こうからもキスを求められ、私は心底ホッとした。
 まつげがふるふると震える。背中もゾクゾクしたものが走る。いったん触れてしまうと、どうして毎日触れないでいられるのか急に不思議になる。
 興奮の状態を確かめようと、すこし体を起こして、手をそこへのばす。小五郎はそれを制するように言う。
「平気なのか」
「え?」
 小五郎は人差し指の、二つ目の関節で胸の先あたりをやさしく触っている。返事をしない私へ、むにむに、と胸の膨らみを弾ませる。
「時間あんのかって聞いてんだ」
 時間があったら、どうなってしまうの?
 ……そんな想像だけで、私は。
 
 私がふたたび唇を求めにいくと、小五郎は私のシャツのボタンを外してくれた。彼が吸いついてくる間は、私がそうした。下着を脱がせやすいよう、バンザイのように肘を上げてあげる。小五郎は横になった姿勢のまま、腕を伸ばして服をぬいだ。私はそこへ倒れ込み、熱い素肌をぴたりと合わせた。

「だめよね、こんなところで……」

 ここはお茶の間で。こんな場所で、いい大人が平日の朝から、情欲にふけるなんて事は……。
「ン……」
 いけないわ、と思う心とうらはらに、心が燃える。
 上に乗る私の前髪を何度もかきあげる小五郎の手が、彼の興奮を教えてくれる。肌を合わせてするキスが、この上なく気持ちがよくて、たまらなくて、私はもう止まれなかった。
 
 手を後ろにして、ねだるように胸をひらいた。露わになった胸元の赤い突起でツン、と彼を誘う。
 小五郎は「……がっついた真似できるかよ」と怖い声をだす。だが目が欲情した男の目つきになった。
 なんていい男なの。
 まだそんなに触れられていないのに、私はもう、びっくりするくらい感じてる。はぁ、はぁ……と荒い私の呼吸。小五郎の手が胸を揉みしだき、くりくりと些細な刺激を与えただけで甘い息が漏れ、腰がぴくんと反応する。キスをする場所が乳房へ変わる。自分の男が乳房を愛でる様子を、私は愛おしくみつめる。

「……ぁ……、あなた、いい……」
「ン」
「なんで、こんなに、感じちゃうの……?」
 独り言のように言うと、甘く吸われる。
「オレがしてんだ。よくねえわけが無えだろ」

 そう言って、今度は絞るくらい強く吸う。頭がしびれるほど気持ちが良くて、はっきりと嬌声を上げた。
 小五郎はとろける私の表情を見て、スカートの中へ下から手を入れた。私は従順に、ゆっくりと腰を浮かせる。ストッキングと下着が、無様にお茶の間に丸まった。
 体勢がくるりと回転し、私は後ろから抱かれる格好になる。耳にキスをされながら、脚をMの字に開かされた。まるで日常にエロスを見せつける背徳的なポーズに、私はますます興奮を覚えた。

「やだ、こんな……」
「好きだろ?」

 ええそうね、仰るとおり……。結局私は……あなたに強引に身体を開かされると、たまらなく感じてしまう。口ではなんと言っても、お互いの事なんて知り尽くしてた。お前はこうされるのが良いんだろ。それは私も同じ。本当はあなたが弱いところも全部知ってる。数え切れないほど繰り返した行為に、いまさら特に新鮮な刺激があるわけじゃない。けど、いまだに強烈に、身体を求めるくらい飽きない。
 指がつつつ、とソコをなぞる。ビクンッと震える腰。やはり十分すぎるほどに潤い滴っていた。

「あっ、……あぁっ」
 音を聞かせるように、ぴちゃぴちゃと、ゆっくり指を動かす。
「可愛がってやる」

 散々入り口をじらしたあと、ぬぷりと指を入れる。一瞬で目がとろける私に、小五郎は荒い息を耳にかける。
「……うねりまくってるぞ」
 小五郎の第一関節が入っただけで、いつも以上に物欲しげに蠢くのがわかる。あのセクシーな指が、私のなかにはいっていくのだ。目が離せない。きゅ、と締め付けると指が更に飲み込まれて、身体が震えた。

「あぁ……やぁ、きもちいい……」
 腰を前後に揺らすと、深く入り込んできた指が曲げられ、私の大好きなところが存分に刺激される。
「あぁっ……、あっ、…ぁん、いい……」
「ここ、好きだろ」
「……すき。すき、すきよ、」

 そう言ってとろけた視線を合わせると、官能的な瞳が、物欲しげに私をみつめる。すごい顔。早くひとつになりたくて、たまらないと言わんばかりの。
「……あー。くそ。女房がエロすぎる……」
「ばか。漏れてるわよ、心の声」
 身も蓋もない言い方に呆れた顔をしてみせたが、きゅん、となかが締まる。「そうか。嬉しいか」とくちゅくちゅと音がいっそう激しくなる。こんな所をいじくられながら本心なんて隠せない。ぐちゅぐちゅにかき回したあと、沈むようにそこへ指を押し当てられた。

「あっ! あっ……! あっ、すごい」
「馬鹿になるのは、これからだろ」
「……もう、何言って、……。ん、やぁ! そんなにしちゃ、そこ……、ん、…ぁ、ぁっ、ぁっ」

 切ない声が部屋を震わせる。明かりの消えたキッチンの、入り口に掛けられたのれんが私の嬌声で揺れるようだった。テレビ。テーブルの台ふき。外から聞こえる昼間の喧噪……。私はこんな場所で、こんなに脚を開かされたみだらな格好で、こんなにいやらしく……。

「アナタ、だめ。いく……いっちゃう」
「知ってら」
「────、あぁんっ!」



 乱れたご褒美に甘いキスをくれ、安心感ですっかり胸が満たされる。荒い呼吸まじりのキスにうっとりしていると、指はとろとろの液体をすくって、外側を愛しはじめる。弱いところを指の腹が強弱をつけて刺激し、私はまたかき乱れた。そこが弱いの。きもちいい、きもちいい、めちゃくちゃになっちゃう……。

「っ……!」
 かくん、とのけぞって、小五郎に身を預けた。


 じわりとした快楽に頭が支配されていると、カチャカチャとベルトがうるさく音を立てていた。小五郎はいよいよ下半身を露わにしていく。
 小五郎のものは、天井へ向かって見事にそそり立っていた。窓から差し込む太陽の光が反射して、先っぽから漏れ出ている液体が、すごく美味しそう。

「ちょっとだけ、ね」
「おい、コラ……」

 立っている小五郎へ膝でにじり寄り、舌を少し見せながら近づいて、先っぽをぺろりと舐めとる。あなたの味ね、と笑って言うと「やめろ」とイヤそうに言った。その癖に、ちゃっかり腰が前に突き出ているところがとんでもなく可愛らしい。
 調子に乗った私は、ちゅうちゅう弱く吸いつきながら、浮き出た血管を丹念になぞってあげた。

「……お、おい」

 困惑したすけべ顔。そんな顔を見せるから私はやる気になって、小五郎のお尻に手を添えた。
 内緒なのだけれど、こうしていると彼のイイトコロがよくわかる。ハリ出ている部分を意識して愛してあげると、ピクッと筋肉が細かく動いた。ココが弱いのだ。先っぽをちゅる、と吸うと、ピクピクッと震えて快感の度合いを教えてくれる。
 だいすき。私の小さい口には根本まで収まりきらない。精一杯のところまでくわえてあげると、桃色の息を吐き、日常ではあげることのない艶やかな声を上げる。
 観賞したくて見上げると、小五郎は私の唇を、とてつもなく興奮した目で凝視していた。そんな火のついた目でみられると、むしろこちらの方が興奮してしまうくらいな。

「……おまえ、んなキレーな唇で。なんでそんなモン、くわえてんだよ……」

 苦しそうに言われ、ますますきゅんとしてしまう。このひとは本当、私のツボをよく心得ている。興奮して唾液が多くなり、より深くくわえようとしたのだけど、そこで小五郎は、私を強めに引っ剥がした。
「終いだ」
「あん、ちょっと、……ゃんっ」
 私はのし掛かってきた小五郎に片足首を捕まれて、簡単に仰向けになった。天井に掲げられる脚。小五郎はとんでもなくセクシーな顔をして私を見下ろす。

「いくぞ」

 私の表情なんて、見る余裕全然ないって顔。胸の筋肉が赤く上気して、発達した雄のフェロモンを放出していて……すごく、色っぽい。私はドロリとしたものが身体の奥から噴き出してくるのを感じた。犯して欲しい、という女の欲望そのものが。

「ハァッ……熱っちい…な……」

 溶けそうだ……、と。先端が飲み込まれる瞬間、小五郎は私に包まれる感覚を漏らす。それが恥ずかしくてたまらない。
 深く腰を入れてくる。私の腰をつかんで浮かせるように引き寄せ、遠慮なく中を押し広げてくるソレは、下の口では、ちゃんと全部飲み込める。

「はぁっ……ぁ、すごい……」

 驚きからお腹に手を当てる。こんなに深い所まで入ってくるのかと。
 耳をべろりと舐められ、ぐり、と押されるいつもの場所。そこは脳が溶けるくらい気持ちがいい。そこに当てたまま、しばらく揺らしてもらえるのが好き。ジワジワと全身に快感が広がっていって、理性のない声を上げてしまう。それを熟知している小五郎は、今日はそうしなかった。すぐに腰をグラインドしはじめた。
 眉間にしわを寄せて快楽に没頭するさまを姿を見せつけられて、こちらの余裕なんてすぐになくなる。

「あっ、ぁっ……ぁ、ぁ、ぁッ!」

 容赦のない刺激に、背中を床につけて身をよじった。一気にきた快感を逃がすためにそうしたが、私の肩は、手で床に押しつけられた。両足は小五郎の肩に乗せられ身動きがとれない。奥のポイントだけは絶対に逃がさないと言わんばかりのピストン。サバンナを駆ける獣みたいなしなやかな腰の動きで、小五郎はひたすら奥を刺し続ける。奥に押し込まれるたびに、お互いの口からは声が漏れる。

「きもち、よさそーに、トロケちゃっ、てまぁ」
「あ、ぁっ、アナタ……こそ」
「きもちー、な……」
「ええ……、そう、ね」
「……いつでも抱けりゃ、いいのによ」

 身体が折りたたまれて、息が掛かる距離まで近づいた。小五郎から出た本音は、急所が締められて無理矢理に絞り出されたような苦しさをはらんでいた。
 私、そんなに放ったらかしにしてた……?
 そんな事を言わせるほどだったなんて。でも、自分の情の薄さはさておき、私は感動していた。小五郎の本音は、なんと甘美なことかと。汗で垂れ下がった髪をあげてあげると、とんでもなく官能的な顔が隠されていた。

「すてきね」
「……みるな、」
 小五郎は私の視線に首をふる。
「イヤよ、みせて……」
「ああ、くそっ、気持ちよすぎなんだよ!」
「そんなこと言われたら……愛おしくって、どうにかなってしまいそうよ……」
「これ以上締めつけんな。ナカでいっちまう……」
「いいわ……出して。私の奥に、たくさん注いで…」

 ぷっつん、と理性の糸が切れたように、小五郎は、噛みつくようなキスをして、あられもない喘ぎ声をあげ、腰をふりたくる。好きな男が欲望を剥き出しにして、私で気持ちよくなっている。私の言葉が、小五郎にとってどれだけ嬉しいものだったのか……。それだけで頭の中がぐちゃぐちゃ。

「ぁ! あ、ゃあ! あ…、あーーーッ」

 きもちいい。しんじゃう。ここがベッドでないことも忘れて私の手はシーツを掴もうとあばれる。カーテンを思い切り掴んだ。すごい力で、ビリリ、と布が悲鳴を上げる。そうでもしないと耐えきれなかった。
 ちょうだいちょうだい! ナカが駄々っ子みたいにぎゅうぎゅうに収縮する。快感の大波に全身の筋肉が固まって、ああ、もうすぐ解放される……あの感覚。

「────、ああぁぁァッ!」

 小五郎も叫ぶ。最奥に注ぎ込むドクドクと脈打つ感覚が、絶頂感に拍車をかけた。なにも、考えられない。ただ死にそうなくらい幸せで、頭が真っ白になった。







 小五郎の、あの剥き出しになった表情がもう一度見たくて、私の肩に埋まる顔を見ようと横を向いた。呼吸が荒くて肩が大きく上下し、耳が真っ赤になっている。あやすように髪を撫でてあげると。ヤメろ、と言わんばかりに小五郎は首を振った。

「ぁーー……」

 声にならない声を上げ、私を抱きしめる小五郎が愛おしい。反対の耳に手をそえると、小五郎は私のしたい事に気づいて口づけをくれる。ゆったりと舌を絡ませるそれは、事後の余韻そのものだ。
 しばらくそうしていた。キスに夢中になると抜けそうになって、でも抜きたくないのか、腰をぐいぐい押し込んできた。

 ──今日の特集は、プロの技が光る絶品中華! 暑い夏にこそ食べたい。お家でもできるプロの技を、たくさん伝授しちゃいま~す~! 

 おいしそー! という声があがる。つけっぱなしにしていたテレビからの音が、ようやく私の耳に届く。日常が徐々に戻ってきて、なんだか急に照れくさい。小五郎も同じだったようで、もぞもぞと身体を動かして、ばつが悪そうにぬるりと抜いて立ち上がった。

 私はまだ起きあがれそうもなく、洗面所へ向かう後ろ脚を目で追う。

 ──台湾風スペアリブの煮込み。肉は柔らかくてホロホロ、麺と合わせれば夏にぴったり。元気がでます!

 ……あぁ、お腹空いたな。



 パンツをはいた小五郎は、麦茶の容器を持って戻ってきた。どっかりと座って、飲むかと聞かれて私は首を振る。グラスをもっている長い指を、飽きもせず惚れ惚れとみつめる。
 信じられないくらい気持ちが良くて、しあわせなひとときだった。感情が目から溢れそうになるくらい。

 うれしい。

 たった指輪ひとつで喜ぶなんて、私も容易い女よね。……でもね、ちょっと複雑。あんまり外で色気を振りまかないで欲しい。売約済みだと知りながら近づいてくるオンナってタチが悪いし。信用していないわけじゃなくて、単にこのひと、バカだから……。

 
「何ジロジロ見てんだよ」
「んーん」

「やっぱ、気になっちまうか。これ」
 小五郎は自分の左手を翻して見る。急に核心を突かれてドキッと心臓が大きく跳ねた。

「べ……別に? 気になってなんかないわ」
「ほー。チラチラ見てたの気のせいだったか?」
「そりゃあ気づいてたけど……。私はただ……、名探偵さんにどんな企みがあるのか、怪しんでただけよ」
「企み?」
「そーよ。どうせオネーチャンにモテたくて」 
「は? オネーチャン?」 
「結婚指輪をしてる男性はモテるって言うでしょ?」
「はぁ……?」
 小五郎はとぼける。そしてまじめな顔をして、ひょうひょうと言ってのける。
「アホ。指輪くらいでモテたら苦労しねーよ。お前だけだよ、こんなモン気にすんのは」
 カラン、と麦茶の氷をブランデーみたいに鳴らした。私は大きいハテナを浮かべて首をかしげた。
「じゃあ、何で……」
「理由なんてお前に以外にあるわけねーだろ」
 それってどういう……。 

 ──いつでも抱けりゃ、いいのによ。

「……ま、まさかとは思うけど、アナタ……、取材でわざと指輪をチラつかせたりした?」
 小五郎は黙る。
 まさかの展開に震えてくる。怒りで。
「……偶然目にした私が気になって、ほいほい、様子を見に来るとでも……?」
 小五郎は「ププッ」とふきだした。実際来たじゃねーか、の笑いだ。
「はぁぁ???」
 ってことは全部……、電話での冷たい態度も、先ほどまでの不機嫌ぶりも……。

 ──その記事、どんな事件だったんだ?

 ──……大事件よ。

「…………!!」

 私は再び、ぎゅっ、とカーテンを握った。小花柄のレースのカーテンが、合わせ目の所からL字型に、15センチくらい裂けてしまっていた。酷い有様だ。

「お、おい、英理?」
「……。これ……素人じゃ縫えそうもなくてよ。代金は請求していいわ。金額はメールで知らせて頂戴。銀行振込します」
「おーい……」
「さようなら。一生さようなら」
 私は両手で顔を覆った。
 あーヤダヤダ。男の事になると視野が狭くなる自分がだいっきらい。クールさが取り柄なのに、冷静にものを考えられなくなるのも。些細なことでみっともなく感情を露わにしてしまうのも。
 そんな自分がたまらなく嫌で距離をおいているのに。私ときたら、何度騙されれば気が済むの……。

 立ち上がろうとすると、小五郎が制止する。
「おっとまて。しばらく動かねぇ方がいいって。あんだけたっぷり、ナカに出しちまったんだからよー」
 言われた途端にドロッと溢れ出そうな感覚がした。あわてて腰を下ろす。

「さ……、最ッ低」
「オメーが出せっつったんだろが」
「このスケベ!」
「ハハハ……!」
「この卑怯者~~~!!」

 不愉快なことに、小五郎は今日で一番やさしくて、あたたかい目をしてる。私が動揺してペースを乱す様を、ただ楽しんでるとしか思えなかった。
 大きな手が、背中に触れた。
「まーまー……怒んなよ。な、英理」
 小五郎は低い声でささやく。恥ずかしいやら情けないやらで、顔を赤くした私への追い打ちだ。

「ひとつ聞くけどよ。偶然見たんだろ。その記事」
「……もう黙りなさいよ……」

 小五郎はもちろん黙るはずがない。落とし所だ。私ならそう思う。

「オレが仕組んだって? そりゃ中々できねえ芸当だ。お前が、オレに惚れてなきゃあな」
「……アナタなんて」
 声が震えた。
「ふざけてるわ。人をコケにしてる。こういうところ、本当イヤ。こんなもので喜んだ私が……」

 まじめな顔で絆創膏を撫でてくる。左手が、私の左手に重なった。こういう演出家なところも憎らしい。

「……英理」

 重ねてみると、私のリングだけが、たくさん傷がついているのが解った。大切にしていても、外に出す頻度が違いすぎるから……。普段つけない指輪で自らのギャップを演出するなんて、つくづく、小癪な男。

「お前に、会いたかった」


 胸が、きゅんとした。
 私の心臓は、壊れているに違いない。