「ねぇ、アナタ。聞いてるの?」
「お前、飲みすぎ。」
本日の酒の肴は、炙り鯖と英理の愚痴。
毛利小五郎とその別居中の妻である英理は、他人からは会えば喧嘩になってしまう犬猿の仲のように思われがちだが、実はそうではない。
物心がつく前から過ごしてきた長い長い年月。小五郎にとって英理は居ることが当たり前で英理のいない世界などは存在しない。それは英理にとっても同様であった。
2人は切り離すことのできない関係なのだ。
こうして愛娘である蘭の目を盗んで会っているのは、どうにも照れくさいからとしか言い訳のしようがない。示し合わせているわけではないが、蘭の前で子供じみた喧嘩をするのは、このまま別居関係をスムーズに続けるためのポーズであると、なんとなく二人とも感じていた。
別居婚は、この風変わりな夫婦にとって最適な関係であったからだ。
そして今日もまた、その風貌とおよそ似つかわしくないガード下の古びた店の隅でひっそりと酒を交わしていた。
「私だって・・・たまには酔ったっていいじゃないの。」
英理には職業柄、味方も多いが敵も多い。女ゆえ、その美貌ゆえに警戒心を持って持ちすぎることはないだろう。心を許して酔えるのは彼の前だけだ。
「いいけどよ。このまま帰ってグッスリ・・・なんてこないだみたいなのはご免だからな。」
あら、可愛い。と小五郎が尖らせた唇を指で摘む。
「溜まってるのよ、鬱憤が。」
「こっちだよ!溜まってるのは。」
「下品ね。」
英理はそう言うと伝票を持って立ち上がった。
「じゃあ、今日はこの間のお詫びってことで。」
「イヤ、詫びはこのあとじっくりたっぷりしてもらうから、貸しな。」
「・・・あとが怖いわね。」
「優しいぞ~オレは。」
にまりと笑う小五郎を見やり、高くつきそうね・・・、と観念して英理は伝票を手渡した。
おわり